ふーん
ふーんって
白雪留めの権精霊に面会してきたことを、何日か振りに目を覚ましたチルノに伝えたが、彼女は何の興味もなさそうに「それよりおなかすいた」なんて素知らぬ素振りで口にする。平静とした口調と表情とは裏腹に今の彼女は、一人でご飯を食べることは愚か、立ち上がることも飛ぶことも出来ない。
彼女の症状は悪化を極めていた……もはやこれを〝症状〟と言って良いのかさえわからない、病気であるというよりも負傷という表現の方がこの切迫を適切に示しているように思えた。左右両腕の二の腕より先は愚か、太腿から下も、そこにはない;四肢全てが失われていた。残っているのは腰から下、胴体、首と頭、そして、彼女の背中に付き従う特徴的な6つの氷像:それも今は4つしかなくなっている。力を失い彼女を浮かせる魔力に足らなくなっている。八意先生の言葉を借りるのならそれは、切断されているのではなくて離れて分布しているだけで空間的には連続している、ということらしいが、その違いがボクにはわからない。
彼女の身体の断片は、KAPPA製の氷室の中に入れてある。彼女の身体をまるごと格納できるサイズの氷室を注文しているが、特権発注しても納品の時期は未定だった。
平静を装う彼女の額に手を当てると、さほど冷たくないことを確認させられる。彼女にとてはきっと高熱だった。
なんか、変なんだよ、レティさん。それに、レティさんに言わせるのなら紫太妃も
八雲紫が信用ならないのなんて昔からじゃんか
そうだけど……いやいやいや、だめだよそんなこと言っちゃ
八意先生の薬はステージを移行してただの解熱剤ではなく、投与対象者の霊的存在根から判断したホメオスタシスを強化するような極めて強力な薬になっている。先生もチルノの身に起こっていることには興味があると同時にそれは薬師としての使命感を刺激したのだろう、本当はこんな代物おいそれと調合してはいけないのだけれど、と言いながらも協力に霊的な薬品を調合してくれていた。だが、それでも症状は改善していない。
―霊的存在根レベルの恒常性を参照しても症状が進行し続けるということは、彼女の体は全身的な死走性を獲得してしまっているのかもしれませんわね。切断された欠損部位は依然として霊的には連続しているし……これはキミにとって救いになるかどうかはわからないけれども、彼女の死は存在の終焉では無いかもしれません;つまり手や足が見た目上切断されているけれども空間的には連続しているのと同じように、物質界解釈的に生命の断絶を示していても、根源的には彼女の存在あるいは生命は〝継続されている〟という……―ここまでは記憶にあるけど、これ以上は先生が何を言っているのかさっぱりわからなくなってしまった。早い話、手に負えないということらしい。レティさん、何か隠してるみたい。隠してるっていうか、なんだろ、ボクなんかに言っても意味がないみたいな。なんか自信なくしちゃうな
意味がない、では生ぬるい。白雪留めの権精霊は、ボクに向かって間違いなく悪意に等しい非難をぶつけてきた;明確にチルノのこのことについて。まるでボクがチルノをこうしているかのような言い草で、その更に深層に八博の原罪が横たわっている、そんな感じだった。
なん、か、その……ボクが
ごはん
え、あ、うん
ボクの話に興味がないようにしている、と思っていたけれど、それもなんだか違うようだ。まるで、ボクの言葉を聞きたくなくて遮っているみたいだ。
こんなときにごはんって……
確か、ルーミアが博麗神社に内緒でこっそりレミリア・スカーレットからもらってきたニンゲン肉があったはずだ。今の彼女には少しでも力のつく食事を与えるべきだ。本来は人肉食をしない妖精だけれど、チルノは別で、日常的に人肉食をしている。ボク達の一翼として一緒にニンゲンを食べる、彼女の妖精として格別に強い力を支えているのは、ニンゲンの血肉が持つある側面で質の高い霊的エネルギーだった。
用意してくるよ確かお肉があったから、といって立ち上がるとその背中に、彼女が言葉を投げつけてきた。
レティのところには、あたいが行かなきゃ意味がないんだよ。でも……行かなくて、よかったのかも
えっ?
たぶんね
どういうこと?
ごはんはやく
質問は受け付けない、と言われているような気がした。
保冷機能のある氷室はチルノの身体を入れてあって、折角貰った肉は地下蔵に入れておくのが精一杯、足が早くて早く食べなきゃいけない。チルノが食べやすいように筋を切って細かくし酒に漬けておいたの取り出す。持ってきたのは肝臓。味はそうでもないけど、悪くなるのが早いし、なにより栄養満点。本能的な食欲を刺激してくる肉の匂い;それは空腹を満たすための食欲と言うより、食肉欲という方が近い。チルノも喜んでくれるだろうか。漬けにしたニンゲン肉を、キャラクターを描いた可愛らしい皿に載せて持っていくと彼女が、すん、と鼻先を鳴らすのが見えた。体は溶け始めているというのに、人肉食を覚えた体はもっと深い部分でそれを求める;ボクだってそうだ。顎の付け根のあたりがシク疼いて唾液が溢れてきて飲むのが大変。
レティと八雲紫の間に、なんかがあるみたい。詳しいことはあたいにはわかんないけど。
そうだよ!紫太妃は何かを隠してる、チーの立場が不利になる何かを!だからいつもの60年サイクルじゃ起こらないことが今起きてるんだ。レティさんは―
そうだね。でも、それはもう、どうでもいいんだ
どうでもいい?
レティ、言ってなかった?あたいがレティのところに戻ろうが、ここでくたばろうが、大差ないって
確かにそんなことを言っていた、けど、信じられない。
皿を置き、彼女の身体を抱き起こして膝の上に乗せる。四肢を失った彼女の身体は決して大柄ではないボクの身体よりも更に小さくて、お人形さんみたいだった。白い肌が汗で湿って、その手触りだけで、どきり、と心臓が跳ねる。彼女に伝わってしまったらどうしよう。
レティさんはチーを、その……ただの〝体積〟みたいに言ってた。あんなの、なんか違うよ
でもきっと、レティの言うとおりだから。そしてお前じゃ、これをどうにも出来ない。
これ、っていうのは、チーの身体が溶けてくこと?
それもある
持ち上げるために彼女の脇の下に手を入れた;氷精以外の何者と比べても確かに低い体温だけれど彼女にとっては熱いそこは、べっとりと汗で濡れている。そのぬめりにさえ、ボクは目の前の人肉に対する食欲ではない欲求を起こしてしまって、後ろめたい。彼女はそ、れどころじゃないっていうのに。
レティさんはまるで、チーはこうなることを知っているみたいに言ってた
知ってたわけじゃないけど、こうなってみると、なんとなく納得はする
え、どうして?
妖精って、そういうもんじゃん。その上あたいは、特注品だっていうから
特注品って、
サイキョーってこと
真面目に答えてよ。このままじゃ、チー……
何も変わんないよ。レティもそう言ってたろ
本当に?今までのサイクルと、ぜんぜん違うじゃないか。この夏の暑さも普通じゃない、レティさんも変わらないなんて言ってるのは口だけだって明らかだった。本当は、何か、変わっちゃうんじゃないの?妖精は消えては再発生するなんて、そうとは限らないんじゃないの!?
そうだよ。再発生は、必ずじゃない;条件を満たさないと。この夏の暑さは、きっとその条件に影響する
どう影響するの?チーはもう
どうだろ。わからないよ。あたいが決めることじゃないし、あたいは、自分で存在できないものだから。なくなれば、いなくなる。とか、かわれば、べつになる。
自在の存在、ではない?
言い方なんか知らないよ。
〝特注品〟〝自在の存在〟。現れたキーワードは確かにチルノに相応しいものに思えた、でも、だからってそれがどうやってチルノを表すのかはわからない。
お前がそんな事知ったって、関係ないだろ。今まで何にも気にしてなかったし。60年サイクルのあたいを、いつもの場所で、何食わぬ顔で迎えてくれるだけで。
だってチー何も言ってくれなかった。チーにどんな背景があるかなんて、全然教えてくれなかったじゃないか
じゃあリグルはリグルの全部をあたいにゆってるのか?ルーミアと昔何があったのか。ミスティアとも。あたいら4人がかたまってるのが、単なる偶然だなんておかしいよな。あたいをうまく取り込んだ後は、大妖精か?常世神か?蜘蛛か百足か?
チー、それは……
まるで四則同盟がボクの主催で存続しているみたいな言い方だけど、ボクの思惑や一存なんかではない。でも、事実だけを取り上げるのなら、そうなるんだろうか。
あたいにだって、〝昔〟はある。でも、いくつかあるその中で一番なのは、お前のことだ、リグル。わかるだろ?
え……?
八雲紫にでも聞いてみればいいよ。レティもそう言ったんだろ?まあ、教えてくれるとは思わないけど。なんたって、八雲紫にとって、すっごく都合の悪いことだから
ルーミアのときにも、紫太妃は原因の一端として一枚噛んでいた。白雪留めの権精霊は、やはり〝賢者共〟と称して同じように関係性を示唆している。だけど何より、チルノが実はそれを認識していたことが、驚きだった。
ねえ、肉ちょうだいよ
あ、ごめん
話にばかり夢中になっていて、せっかく持ってきたニンゲン肉をチルノは食べられていなかった。
ニンゲン肉は、口を寄せて貪り食うか手で掴んで食べるのがお行儀、今の彼女の口に皿を寄せるのは食べづらいだろうから、ボクは肉の切れ端を手で摘んでチルノの口元に添える。小さな唇が開いて、丸みのある歯がそれを挟んだ。隙間には舌が動いているのがみえる。チルノは、そう、まだ生きてる。ちょっと体調が悪いだけで食欲はあるし、肉色の見える箇所にはこんなにも生命力に溢れている。
チルノが肉を食む姿がなんだかとても愛おしく、それと同時になんだか扇情的だ。四肢を失い達磨になった彼女の身体。そうしてころんとしたフォルムになったのを見ると、得も言われぬ感情がふつと湧き上がるのを感じる。次の肉をくれと視力の薄らいだ目が動くのを見ると、腕の中にある小さな塊が確かに命の躍動を保っているのだと思うと、それが女の子でボクに警戒心を持っていないのだと思うと、酷く邪悪な感情が姿を現そうとしているのがわかった。
リグルも食べたら?
えっ?あ、ああ、うん。ちょっともらおうかな
チルノの口に運ぶ合間に、自分でも食べる。実はすごく食べたかった。お腹が空いてるわけじゃないんだけど、ニンゲン肉てそういうのと違うから。ニンゲンの肝臓は、特別味がいいわけじゃないのだけど、強烈な匂いが食肉欲を刺激する。この匂いの正体はわからないのだけど、きっと妖怪としての本能に根ざしたやつだ。口に含むと身体の底から、愉悦のような波が湧き上がる。美味しい、というのとは違う。ひときれ食べ、チルノにふたつ与えて、ひとつ食べ。どうせ氷室が使えないし、干物にするとか塩漬けするとか保存処理もしていない、贅沢に食べちゃうしかない。チルノに沢山食べさせてあげよう。
ちょうだい
うん
そうじゃなくて
次のひときれをあげようとしたところで、チルノは二の腕までしか無い腕をボクの肩に引っ掛けるみたいにしてボクの体ににじり寄り、頭を上げて唇を寄せてくる。
こっから、ちょうだい
え?
こっから、とはボクの口を指している。
はやく、彼女がいうのでボクは、血と酒と若干のタンパク質分解が進んでいる匂いが立ち上る扇情的な肉を口に含み、そのままそれをチルノの口の方へ。
んぅんーぉ
ん
チルノは顎を上げてボクの口を迎え、赤の沈んだ血色の悪い唇を小さく開いて肉の切れ端を受け取る。小さな舌を伸ばし丸い歯と協業しながら、それを口の中へと運びながら唇を、もっと、もっと、寄せてくる。人肉食欲を刺激されてダダ漏れになっているお互いの唾液が、溢れるように垂れた。まじり、下品さを滲ませた水音を立てる。
ん……っ
もっとちょうだい
まるで誘うような、絡みつく声色と表情。
肉をとって口に入れようとしたが「そうじゃない」と小さく怒られて、彼女の唇はニンゲン肉を含んでいないボクの口に貪り付いてくる。
その意図を察してしまったボクはチルノの体を抱く腕に力を込めて、軽くなった彼女を抱き上げ固定して、彼女が食べる肉の半分をボクのものにし、それを食いちぎり、滴る肉と酒と生命力の匂いに昂りながら彼女の唇をもろともに食んだ。彼女の方もそうしてくる、歯が肉を噛み舌が伸びてボクの口を求めていた。まだ冷たさを保った小さな唇が肉に飽き足らないみたいに食べ進んで、ボクの唇にも被さってくる。お互いの唇がお互いの唇を甘噛み、舐め、吸う。
抱いて
えっ
セックス。なんだよ、あんなスケベなちゅーしといて
生肉と血と唾液に濡れた口移しキスで、二人共昂っている。口の粘膜から劣情の有刺鉄線が伸びて心臓に絡みついている。食肉欲が波及して感情が荒れている、でもそれだけじゃなかった。
チー、どうしたの、急に
好きな男とセックスしたいって言って、なんかおかしい?
なにも、こんなときに
こんなときに、こんな風になったあたいの身体に、お前、欲情してるだろ。さっきからやらしーオーラダダ漏れ。……この変態。
そう、手も脚も失って頭と身体だけになって身じろぎしかできなくなっているチルノに、でもボクは欲情していた。手がなくなることで体全体が開放されているように見える、足がなくなってしまったことで、股の間を開け広げているように感じる。身じろぎしか出来ずにそうしている様子が妙に扇情的、残酷な姿なのになぜか官能を漂わせて見えるのだ。だのにそうした全身的な野性の開放感に対して思考も言葉もまるで理性的、そのギャップが、彼女との一体化を余計に魅力的に思わせる。
ごめん
否定しないんだ?
今のチー、すごく
えっちだ、声ではなく吐息とキスでそう伝えると、彼女の太腿がボクの身体を挟んできた。
我慢、出来ない。
Gene-richPlantsを使った先鋭化学メーカー〝古今〟が、今は青汁製造工場とは。梨来君とかつての古今には少なくない額の国の金が注がれていたんだけどね。尤も〝人間のリファービッシュ〟への期待が大きかったらしいが。
古今では青汁なんて作っていない、恐らくミドリムシを用いた新エネルギー研究のことを揶揄していっているのだろう。エクストラのことも知っている、八雲さんには古今の今も昔も筒抜けらしい。僕が警戒心を剥き出しに無言の視線を送ると、八雲さんは小さく肩をすくめて言った。
茅野君のお見舞いにと思ってね
見舞いなんて白々しい。彼女に、一体何の用ですか
いやはや嫌われたものだね、私は茅野君の一助になりに来たというのに
医師の言う〝体が溶けている〟症状がいよいよ顕在化し容態が急変した彼女は、薬品で症状の進行を抑制しているだけの状態だ。快癒の見込みのない原因不明の症状で、もともと進行を遅らせているだけではあったのだが、先日―僕が自宅で彼女と性行為に及んだ翌日に容態が急変し、今は病院のベッドに臥せっている。
今は茅野は意識もはっきりしているし普段どおりに会話もできる。一見安定しているが、だからといって体調がいいというわけではない;顔色は蒼白であるし、常に肌は汗ばんで微熱も続いている。MRI画像は見せられたところで僕には理解できるものではないが、それを目にした医師は言葉を失い、慎重に言葉を選びながら僕に説明していた。
八雲さんは、ベッドに臥せったままの茅野の横に立ち彼女を覗き込んだ。額に手を置くと、目を開いた茅野は自分の額の上にある手に視線を送り、それから表情を殺すように目を閉じる。
彼女をどうする気だ、もう、窓の一つだって閉められやしないんだ。
いいや、ちがう;茅野君にはまだその力がある。私は彼女を助けたいんだ。まさか忘れたわけではないだろう、私が茅野君を君に預けたときのことを。
そう言って八雲さんは、彼女の体を抱き上げる。このまま連れて帰る、と態度で示していた。
何のつもりですか!
くれてやったわけではない、ただの書生ではないとも言ってあった筈だ;然るべき時が来たら、然るべき対応をすると。その時が来ただけだ。
僕は彼女に手を伸ばす。茅野の方からも小さな手が伸びて僕はそれを掴んだが、それ以上引き寄せることは八雲さんによって拒まれた。茅野を迎えに来たという八雲さんを睨み付けると、まるでその視線をいなしてはぐらかすように口を開いた。
この星から太陽を奪うのに、核など必要なかった。この星の人間全員が少しずつ結託して、今日空は、太陽はこの通りだ。核爆弾など使用せずとも、それどころか悪意の自覚さえない人間の手によって、暴走した熱収支の末この星は熱死する。この地球の人間すべてが9番目だ、滑稽じゃないか
なら、あなたは〝ゼロ〟にでもなるつもりですか。茅野をそのための道具にしないでください
そこまで大それた事は考えていないよでも……そうなってしまうのかも、しれないね。そのためになるかも知れない、そうじゃないのかも知れない、いずれにせよ茅野君は僕の方で預からせてもらう。
八雲さんの腕が、ぐっと茅野を引き寄せ僕の手が引き離されそうになる。手を伸ばした僕の手を見て、茅野は僕の指に絡ませて柔らかくて小さい手に力を込める。引き剥がされそうになるひんやりとした彼女と僕の界面に、燃えるような熱さが生まれている。せめてそこに本物の結合力があったなら。彼女は八雲さんに抱えられたままじたばたと手足を打つが、どうにも力がない。
いやだ!ヤクモ、お前のところにはいかない!築、あたいをはなさないで!こんな男にあたいを好きにさせないで!あたいに触れていいのは、築だけだ!!
茅野!
これは驚いた。君は茅野君に一体どんな学習をさせたんだ?あの精神薄弱児が、こんなにも知的に育っていたなんて。まるで―
八雲さんは顎を上げ、遠くを見るかのように目を細める。不敵な、というよりも不快な薄ら笑みを浮かべて、僕を見た。この人のこんな表情を、僕は初めて見たかも知れない。
まるで、男を知った、女のような生まれ変わりだ
そうさ、そのとおりだ。あたいはおとなになった;築に、女にしてもらったんだ。くやしいだろ、お前じゃないんだ!
茅野
驚嘆だな雲月君、君にとって茅野君は性欲の対象になりえたということか。汚らわしい欲望を、よくも茅野君に抱けたものだ
けがらわしいかどうかは、あたいがきめる。おまえでも、築でもない!
……本当に、驚いたよ。すっかり女だ。どうやって彼女をそうしたのか、ゆっくりと聞きたいところだが、生憎時間がない
八雲さんが、僕に拳銃を向ける。真っ直ぐに銃口から見ては種類はわからないが、モデルガンということはないだろう。「茅野君をこちらに渡してもらおう」冷ややかな声が、次は言霊ではなく鉛玉が飛ぶと言っていた。
彼女はまだ子供だが、既にいっこの人格を持っている!くれてやるだのあずけるだの、返せだの
承知しているよ;彼女の人格は君が、何らかの方法で成熟させたのだろう。だが、関係ない。茅野君は、人間ではないのだ。神妖、それも、人間の手に負えるかも知れない初めての神妖だ。彼女にはこの地球を救う力がある。私はその力の正体を解明し、再現性を得る。
茅野を殺すつもりか
とんでもない、私ならば君などよりも遥かに……彼女をよく理解できることだろう。我々の下にはそれに十分な設備がある。
彼女の進歩に驚いているような奴が、僕よりも茅野を理解できるだって?寝言は寝てから仰ってくださ―
ぱん、と乾いた破裂音が響いて足元に弾痕が刻まれる。
交渉や駆け引きをするつもりはないんだ、わかるね?君と私の仲だ、殺す必要なんかないと思っているよ;だが茅野君の件に関して言えば、君を生かしておく必要も特にないと思っている。
八雲さんは僕に銃口を向けたまま茅野の耳元にいう。
さあ茅野君、彼の手を離しなさい。そうでなければ、彼が無事でいられる保証はないよ?
あなたは、そこまでして茅野を……!
無論だよ、彼女は、君の女神ではないからね
彼女の手はゆっくりと僕の指を離した。ずるり、と眠りの沼に意識を沈めていく子供の手がそうであるようにゆっくりと解ける彼女の手は、まるで力尽きたかのよう。今にも声を上げて泣き出しそうな表情を堪えて固く結び、彼女は僕を見ている。
悪いようにはしない
嘘だ、と思った。
嘘ではなかったのかも知れない、少なくともその瞬間の八雲さんにとっては。
結果的に彼女は、本当に、女神となった。
彼女が女神になって帰ってきた日のことを思い出していた。そして、この古今はもう一度役目を変えた。僕は悪魔に魂を売ったことになるのだろう、所長と同じように。
この場所には一体何があるのだろう、とぼんやりと考えてしまう。後ろには脇の膨らんだ男が立っていて僕を脅しているというのに、酷く落ち着いている;いや、上の空と言った方が正しいのかもしれない、こんな風に今時分の背後にいる人物にも拘らず物思いに耽ってしまうなんて。ここに何があるのかなんて物理的な話は明白だ、僕が拵えたものだから。そうではない、この土地はかつて別の出来事の爆心地だった。地下。僕が今向かっているのは、神妖の力を手にしようとした女性の墓所だ。そして今は、僕が同じように使っている;この場所には、そうした何かを引き寄せる何か、魔力のようなものでも宿っているのだろうか。
封入区画のある地下構造を、エレベータで下っていく。こうしてエレベータに乗っていると、彼女と登った浅草百廿階のことを思い出してしまう。今はその逆、地下深くへと降りていくところだ。無邪気に僕の足にまとわりついていた茅野。彼女のことは、今でもありありと思い出せる。ふう、溜息が一つ出た。それをこの長い待ち時間へのものだと勘違いした男が口を開いた。
随分潜るんだな
お望み通りの、秘密基地ですから
すぐに僕を殺すつもりがないのは、この下にあるものの:つまり彼らが言うアイスドールの:正体を把握しきっている訳ではないからだろう。だが後ろの彼の更に背後に居る何者か:神社本省だろうか極地回復運動推進者だろうか:は、これからでも武装してここに大挙して押し寄せるかもしれない。まあ、だからといって何かが変わるわけじゃない;彼女はここから動かすことが出来ないのだから。
アイスドールは、統一量子力学を古典熱力学へ回帰させた上で、それらすべて覆す;地球が持つ〝可能性〟だ。それもわからずにこんな施設を作り、閉じ込めていたというのか。愚かな
〝愚か〟。一体何を指してその言葉は使われるべきなのでしょうね。僕には、地底に追いやられて忘れられ、放射線からさえもエネルギーを得て慎ましく生きようとする虫達に比べれば、ニンゲンなんて全て愚かな存在に見えますけどね。大昔、地球寒冷化仮説があったのご存知ですか
我々が求めているものがそれだ。この地球が第二の金星にならぬために
地球寒冷化を求めている、だって?
僕は耳を疑う。温室化と寒冷化が相反し単純な正負で相殺し合うものだと考えているのなら、実に愚かな話だ。45億年以上前、太陽の活動が今より幾許か穏やかだった頃、金星は今の地球と似たような気候だったという説がある。また金星の大気には自然的な化学反応による生成の可能性が低いと言われる有機リン化合物が含まれており、太古の昔には生命が存在していたのでは無いかと言われている。そして、現在の金星はとても人間が住めるような気温ではない。それは単純に地球よりも太陽までの距離が近いからという単純な理由だけではない。金星の大気は二酸化炭素が主成分でありその分厚い雲によって熱収支が大幅な黒字のため熱が蓄積され続ける:つまり暴走温室状態にあるためだ。太陽光から星自体が熱を受け取るのには反射率が大きく関わっている。単純に言えば星が白っぽければ反射率が高く、太陽光を反射して熱を取り入れづらい。金星の反射率は分厚い二酸化炭素の雲のせいで0.65と高い値にある;この値だけを見るなら、熱収入が低く金星は暴走温室状態になどならないはずだが、二酸化炭素の温室効果により熱収支は黒字になっていると見られている。星の熱収支は一筋縄では行かないのだ。
プレートテクトニクスによる地球構成元素の大周期循環;発見された後期大量絶滅時代に地殻に大量に固定された二酸化炭素が今、大気中に放出され続けている。気温が上昇して、残りわずかの極地と夥しい海水に蓄えられた二酸化硫黄も大気中へ離脱するだろう。地上の水は水蒸気となって温室効果を高め、大気中の温室効果ガス濃度の上昇は今後数万年続く。後一要因でも加われば、そうした暴走温室状態へ突入する;そしてその一要因はこれから加えられるものとは限らない。後期大量絶滅時代同様に、ただ見つかるだけかもしれない。行動しなければ
それで、暴走温室効果を打ち消すために、正のアイスアルベドフィードバックをぶつけるっていうのですか。そのために、幻想に押し込めて避けた〝寒冷化の未史〟を、ニンゲンは今更敢えて取り戻そうだなんて
暴走温室状態に突入すれば、この星は終わりだ。
逆でも同じですけどね。でもどっちにしたって終わるのは星じゃない、ニンゲンです。生命は誰かが続く。新参者が、身の程を弁えることですね
この状況は、今地球が温室化を進行させている姿と似ている。単純な数値だけで言うのなら、水蒸気の温室効果は二酸化炭素の3倍以上と言われている。水の豊富な地球では水蒸気による温室効果が更に温室効果を招く正のフィードバックが強力であり、それ故に地球は第二の金星への道を歩んでいる最中だと、彼等は言うわけだ。
だが、この星の気候は、そんな簡単な歴史を歩んでいない。
……では、話が早い。ニンゲンは、その時特異点を捻じ曲げてまで地球を温暖化に退避したのです。極めて危うい白性のバランスを、上手く保たれている。地球の運命に触た因果影響の結果が、この温暖な地球です。上等よくバランスされている。
これはこれは、歴史のIFの話が始まるとは驚きだ。だが温暖化が上手なバランスだと?笑わせる。この地球に、もうニンゲンが足を着いて生活できる陸は殆ど残されていない。ほとんどのニンゲンはエラもヒレもないのに海の上で暮らし、今や一生に一度でも足で土を踏めばマシな方;陸で生きられるのは一握りの特権階級だけ
ハクレイの名を利用しその庇護の下にある、あなたのような特権階級だけが、ですね。
……お前、〝ハクレイ〟について、どこまで知っている
何も知りませんよ。僕は結局、何もわからなかった。ただひとつはっきりしているのは、ニンゲンは、折角回避し幻想に放逐した地球寒冷化のシナリオを取り返そうとしていて、それが愚かだということだけです。
お前とは意見の相違が埋まらないようだな。
ええ、度し難い。ですが、長話が幸いしましたね、あなたと無言で歩くよりは遥かに救われました。……ここです
扉には、黄色と黒で彩られ扇形を同心円状に並べた特徴的な、そして有名な記号が描かれている;そうここは、放射線管理区画だ。流石に神社本省から派遣されてきた男からも狼狽えた様子が窺える。そういう覚悟で個々に来たのではないのか、本当にあるなんて思っていなかったのか、それとも、単に覚悟ができていないのか。
未認可核施設にこんなものを貼ったところで……ガイガーはなくても大丈夫なんだろうな
そんなもの、あってもなくても変わりませんよ;計測器が放射線を遮ってくれるわけではありませんから。それとも、お帰りになりますか?
男は憎たらしそうに舌打ちして、顎を前にしゃくる;案内しろという意味らしい。口では温室化も寒冷化も恐れぬくせに、放射線は怖いか。結局、大局の想像ができていないだけなのだろう。
神社本省が疑る通り、ここは秘匿された核施設です。先程申し上げた通りここは、日本各地の各施設が基準合格のために虚偽報告した核廃棄物量生産と実際の生産量の差分を吸収し、それを食い扶持にしています。
並み居る投資家から将来性を期待され飛ぶ鳥を落とす勢いの製薬会社として急成長していたというのに。それが今やとんだヨゴレだな、同情はしないが。バイオRI発電の研究所なんて化粧をして、よくよく誰にもバレず隠し果せてきたものだ
誰にもバレていないわけではありません、封入区画を訪ねてきた人間が過去に何人いたか正直覚えていない位ですよ。
ウチの前任者も、その一人だったと
そういうことになりますね。今とは随分違って、紳士的にでしたけれど
人聞きの悪い、これでも十分紳士的なつもりだ。
そのP229を僕に向けることがなければ、そうですね
その必要性と紳士的であることを天秤にかけるなら、紳士的であることを固持するつもりはない。
無機質な耐腐食塗装の上に放射線管理区画表示のある放射線遮蔽扉は、鉛板と鉄板を重ねたもので暑さは10センチ以上ある;蝶番だけでも腕ほどに太い。普通のドアノブなんかで間に合うわけもなく、円形の回転ハンドルを回して扉を開くのだがこれも重たくて一苦労だ、この男にやらせればよかった。映画で見る銀行の地下金庫のイメージが一番近いだろう。扉自体も円形をしており、開かれた口は備え付けられた出入り口というよりも無理に刳り抜いた穴のように見える。
この扉を手動開閉とは、アナクロなことだ
動力制御信仰に浸るといざというときに酷い目に遭いますよ
そうならないようにするのが技術者だろう
無茶を言いますね
そうして開かれたぽっかりと丸い穴に男を導く、それを通れば原子炉が目の前に現れた。銀色に鈍光る配管が入り組み、手すりと薄い板だけのタラップや足場が目の荒い蜘蛛の巣のように交わっている。中央には大きな円筒形の構造物:格納容器だ。心もとない足場から下を見下ろすと建物二階分程度の高さがある;だが、二階分程度だ。
小さいな
うちは研究機関ですよ、これは大学にある実験用核反応炉と同じ規模です。商業発電のそれとは違いますよ。
まあ核施設など本来はどうでもいい、ここに押し入るための口実だった。アイスドールを差し出しさえすれば、この商売については目を伏せるように、とりなしてやる
どこまでも上から目線のようだが、そうした言葉はつまり、この熱核炉が何のためにあるのか、アイスドール基フローズンホープがどういったものなのか、理解していないことを示していた。
新入社員向けのオリエンテーションはもう十分だ、いい加減アイスドールの下に案内してもらおう
ですから、ここですよ
なに?
この部屋には核分裂炉の格納容器しかない;むしろこの地下空間自体が格納容器とその他必要な機関を融合した原子炉建屋だと言ってもいい。不審そうに僕の後を追う男。
もう少し下に降ります。ああ、大丈夫ですよ;こんなところで暗殺なんて考えていませんから
冗談を言って笑ってやると、男は右手を左脇に滑り込ませた姿勢のまま付いてくる。僕は丸腰ですよ、両手を挙げて見せると後ろからは何も返答はなかった。
さっき見下ろした高さをそのまま下り、ここは格納容器の真下。制御棒の挿入機構が見えるが、ここにはそれ以外の機能もある。
お前達の商売道具には興味がないと言っているだろう
ですから、ここです;お望みの、彼女の部屋は。
何をわけのわからないことを
お忘れですか。あなた方がアイスドールと呼んでいるものが、東京大凍結異変をもたらした神妖であることを。常温の部屋になんか閉じ込めておけると訳がない。
まさかアイスドールを冷却材にしているというのか?……何ということを!
勘違いをなさっているようですが、この熱核炉はエネルギーの獲得が目的ではありません:その逆です。彼女を束縛するのに必要なのは、映画の様な極低温じゃない:むしろその逆です。ここでは常に核の臨界が維持されている;核熱でなければ彼女を、止めることが出来ないのですから。常に暴力的なエネルギーの海に封入しておかなければ、彼女は瞬く間に空間を満たすエネルギーを飲み込んでしまい、東京大凍結は再開します。あの異変は、解決も終了もしていないただ、一時停止しているだけです。
……なるほど?
男は狼狽と期待の入り混じったような表情で、頭上にある格納容器を見る。あれが封入容器です、と制御棒の鍾乳洞となっている格納容器下で、中央ほどにぽっかりと虚じみて制御棒の降りていない場所を指差す。普段は降りており減速させる必要があるときに挿入されるのが制御棒であるのに対し、彼女の体は基本的に常時格納容器内に収まっている。核熱によって彼女をこの檻に〝封入〟するのが、封入区画だ。こんな施設ができる前も、この名前で呼ばれていた:意味は違ったが。
彼女と面会、なさいますよね?ここまで来て帰るだなんて、まさかおっしゃらないでくださいよ。
無論だ。アイスドールは無限のエネルギー源だ;いや、正確に言えばエネルギーと仕事量の不均衡をもたらすチートツール。それを利用すれば、極地回復は為る。未来は変わり、地球は救われる。
まだ聖騎士か何かのつもりなのですね
なんとでも言え
そんなに扉を……窓を開きたければ、開けばいいでしょう。ここにいるのが、ニンゲンが求めた永久機関の正体です。傲慢不遜に窓を開き、さあかくしてニンゲンは、臭いものに蓋した終わりの可能性を、今度は自ら招き入れる。紅霧異変での学びが、少しでももたらされていればよかったのに。―いいでしょう、好きになさってください。臨界停止プロセスを開始します。
僕はコンソールを開き、管理者権限を以て臨界停止を指示する。
いつ〝お姫様に〟お目にかかれるのかな
すぐですよ。出口温度が落ち着けば、あとは彼女を引き抜くだけですから。彼女自身の恒常性のおかげで封入容器の冷却にも時間はかからない:計算ではね
急激に低下していく格納容器内の温度モニタ値を眺めながら、再びぼんやりと思う;僕はどうしてこんなにあっさりと男をここまで連れてきてしまったのだろう。ここは彼女の王国だ。僕は鍵を託されているだけで不用意に開けば瞬間冷凍死してしまうだろう:つまり、今だ。だというのに僕の胸の中は妙に落ち着いている。内容の全てを見知った小説の最後のページを捲るときのように、たとえそれが悲劇的結末であったとしても、その結末を受け入れようとしているのだろうか。
違う、か
そう、違う。〝受け入れる〟というのは、違う。僕はこれを、望んでいたのではないのか。彼女の檻を抉じ開ける何者かの暴挙をして、彼女が解放されそしてその結末へ至ることを、僕は心のどこかで期待していたのかもしれない:待ち望んでいたのかもしれない:自分でそれをする勇気がなかったというだけで。
〝神妖〟:そう呼ぶ者も多い。エネルギーの枯渇と温暖化による住環境の苛烈化により閉塞した地球を導いた災厄;あるいはその逆、これを救うために現れた神性。この世に無尽蔵のエネルギーなど望めなくとも、有限なエネルギーから不正な仕事量を引き出し続ける手段があるのなら、この世界の閉塞に一穴を穿つことが出来ようと、そう希ったわけだ:神妖に。
そろそろ女神様とのご対面と参りましょうか
臨界停止からまだ75分しか経っていないぞ。開けた途端冷え切っていない熱で焼死なんてことにはならないだろうな
ああ、その手がありましたね
いけ好かない男だな
お互い様ですね。いえしかし、さっきも言いましたけど、もう僕も〝そろそろだ〟と思っていたのです。彼女が外に出るべき時が来たのかもしれない、解放された彼女がどうするのか、いつの間にか僕もこの目で見てみたくなっていたらしい。……これ、手伝ってください
そう言って僕は、男にレンチを手渡す。指差した先には、防腐食処理塗料で塗りつぶされたナットが円形に並んでいる。ここは解放することなど想定されていないのだ。防腐食のコーティング塗料は分厚く塗り重ねられており、レンチの背でがん叩いて剥がさない限りそもそもナットがはまりさえしない。
こんな、アナクロな
開けるつもりなんてなかったのですから、黙ってやってください
よくもアイスドールをこのような扱いに
男は文句を言いながら、どこか急くように大量のナットを外していく;僕よりも相当早い。彼女に会えることに相当期待しているか、何かに焦っているか。結局半分以上は男が外したのだが、どうせなら全部やらせればよかった。そしてそれらが外れた頃には、格納容器底部の中央あたりで取り外せそうな板が隙間を生じて浮いた。
落ちますよ、離れて
僕がレンチの先端を押し込んでテコの原理でそれを抉ると、派手な音を響かせて板が落ちる。まだ現れていない、薄い底板が外れて中身の底が顔を覗かせただけだ。だがそれだけでもまるで冷凍庫のドアを開けたときのように身を切る冷気が溢れ出してきた。さっきまで中では盛んに核分裂反応が繰り返され超高温だったはずなのに。男が白い息を吐きながら、この冷たい空気に喜ぶような表情を浮かべている。
底部がクリアになったところでもう一度コンソールに向かい、いよ搬出指示を送ると、もう表面に霜が育ち始めた黒い柱体がゆっくりと降りてきた。柱と言うに相応しい形をしている。放熱板のような細かな凹凸を刻んだ表面はその逆で、内部へ周囲の核熱を効率よく送り込むためのものだ。
地面を衝く手前で、その柱体は停止する。側面には戸棚の扉のような口が設けてあり、人が二人程度通れるくらいのサイズ感だ。
こんな狭い場所に拘束しているのか。アイスドールは、無事なんだろうな
それはご自分の目で確認なすってください。さあこれが、ニンゲンたちが無のゼロ点振動だの巨視的物質の負の運動エネルギーだのと夢見て求めた女神の姿です。
そう言って僕は扉を開け、その中にあるものを取り出し床に並べていく。
たった今熱核に晒されていたとは考えられない、肌を切る凍てついた空気をまとってそれは現れた:もう極低温に至っている。現れたものと僕が取り出したものに嫌な予感を抱いたのだろう、だがそれを否定しようとし、〝女神〟の存在を信じようとし、どうしても行け入れないその結果を確認しようと格納容器に触れると、男の手の皮膚が凍って貼り付いた。彼は構わず覗き込む;そして、凍りついた。それは冷たさによって、ではない。
こ、これは
それは、人の姿をしていなかった。よしんば人の姿をしていなくとも、せめて何か生物らしい姿かたちをしているものだと信じていたのに、それさえも、していなかった。
だが、透き通る瞳は視神経までが美しい;汚らわしい赤ではなくそれは、宝石のように澄んだ青色をしている。鉄をも溶かしかねないの熱の中に差し置かれてなお、その心臓には氷の威厳が備わっていた。それらを見て、男は凍りついたのだ。
こ、こんなものが、こんなものが……
熱核温度の灼熱にあって凛冽と凍てつく姿を見せたのは、幾つかの硝子製の円筒だった;硝子など容易に熔ける温度の中にいてそれは、形を保っていた。一人だと思われていた女神だが、その硝子筒は大小様々の6本;硝子に封入されていたのは。
青く澄んだ目玉。
凍てついた心臓。
短い脊髄。
輪切りになった脳。
未成熟の子宮。
それにニンゲンには同定すべきものがない未知の臓器。
人の姿はしていない、別の生き物の姿さえしていない、それは、バラバラに解体された、生き物の断片、更にその僅かな残りだけだったのだ。
〝女神〟の姿が、何故こんなことになっている!?生きてさえいないじゃないか!!これではもう、使い物にならないではない、こんなふざけた大掛かりな施設を用意して、何の、これは何の茶番だ!?こんな、こんなもの、カノプス壺のつもりか!?
……何を期待していたのですか?まさか、神妖と、意思の疎通が出来るとでも思っていたのですか?彼女は可愛らしい女の子で、にこと愛想を振りまきながらお前達ニンゲンの望む〝熱仕事量の不均衡〟を与えてくれると、本気で思っていたのですか?
貴様はただの墓守だったということか
彼女は死んでなんていませんよ;その証拠に、ほら、こんなにも寒い。神妖とは、存在であることに先んじて、現象です。神は人間でなくてはならない、人間は人間が想像できる以上のことを想像出来ないしのですから。ですが、神が本当に人間の想像に収まるようなものだなんていうのも、ただの人間の妄想だ。神様だろうが、神妖だろうが、概念だろうが、それは同じ
男は僕に銃を向ける。憎しみを、僕に向けるのは筋違いな怒りを、剥き出しにして。
自衛隊が神妖を殺したのか!?
神妖を殺しているのは、自衛隊ではないでしょうね。まほうつかい達ですよ。それは神社本省のほうがよくご存知なんじゃないですか?CIPHERは神社本省の管轄組織と聞いていますが。
よくも……地球の未来を、日本の希望を……!
知ったことではありませんね。
男は今にも引き金を引きそうな様子だが、手が震えている。銃を撃ち慣れていない、というわけではなくアイスドールの現状に落胆し、僕への怒りで、それが余りにも大きすぎて震えているのだ。
おっと、これは僕の気持ちではあるが、きっと彼女もそう思っている。神が、ニンゲンのことをいち気にかけるとお思いですか?神とは現象です、人間に善をなすも害をなすもない;それが人間にどう関わるかといえば、一言で表すと〝無関心〟だ;いたずら好きな〝妖精〟と記されることもあるし、ある作家はその様を〝白痴〟と表現もした、同様にあなた方は彼女を〝マクスウェルの悪魔〟そのものと見做している。ですが、どれであっても関係はないのです。現象知能があるなど人間の妄想だし、知能を持っているとしても人間とインターフェイス出来るだなんて希望的観測に過ぎない。それが、茅野の正体だ。彼女にとって、人間の都合など、知ったことではない。
撃ちたければどうぞ、もう遅いか早いかだけの違いです。そう言って小さく両手を挙げ、降伏ではなくただの無抵抗を示す。
ぱんっ!
乾いた小さな音が格納容器内に響いた。銃弾は僕の腕を貫通している。幸か不幸か致命傷にはならない。二発目三発目も覚悟したが、それはなかった。あまりにも寒くて指先に力が入らないようだ。男は銃を落とし、冷凍されかけている手を自ら抱いて保温を試みている。無駄だろう。
もう、人間と彼女のインターフェイスは叶いません。彼女の声はもう聞くことが出来ないし、彼女はもう笑わない。あなたの望んでいた通り、彼女は6年前までは人の姿をしていた。幾許かはニンゲンとインターフェイスも出来ていた。でも、今そこにあるのは、ご覧の通りの姿だ。今の彼女なら、確かに極地回復もなしてくれるでしょう。これは、ニンゲン、あなたが望んでいた〝現象〟そのものです。お気に召しましたか?
核熱をも冷やし殺す、仕事量均衡の跳躍。この素晴らしい革新を、なんとしても解明しなければ……我々は、極地を取り戻し、地球から夏を追い払い、そして地球を救わなければならない。アイスドールの残骸
あなたと同じ考えのニンゲンは、過去にも何人かいました。
八雲か
そうです。ただ、彼が来たときはまだ、彼女はこんな姿をしていませんでした。彼は、あなたが今言ったそれを実際にやったのです、彼女を調べ尽くしたのです。あなたと同じ考えを持っていたいや、今のあなた方は、結局彼の失敗の轍を丁寧に踏み直しているに過ぎません;そして、失敗を完成させてしまった。それを正す人間がいなかったのが哀れですね。神社本省には、それを知る人間もいたでしょうに。
これは、回収させてもらう……!
男は寒さに震えながらも、まるで正気を失い何かに取り憑かれているかのように、ガラス封入容器をかき集めて抱き抱える。熱の檻から解き放たれた彼女は、ますます温度を下げていく。それを備えなしに体に密着なんかさせて。
あなたも、囚われたのですね
囚われ、た?なに、に、だ
彼女が放つ冷気を生身に受けて、凍え震え上がっている。通常の判断力があれば危険を感じてそれを体から離すだろうに、それさえも発想できない彼の様子には見覚えがあった;いや、見覚えというよりは、身に覚えが、といったほうが正しいだろうか。僕も彼女に、魅入られてしまった者の一人だからだ。
あっという間に体毛の至るところに霜が蔓延り、粘膜は凍りついている。凍え震えて呼吸も出来ていないが、まもなく気道が冷気にやられてしまうだろう。瞬間冷凍。そのまま体は氷付き、立ったまま氷像に化けるだろう。僕のところにも凄まじい冷気が迫ってきていた。寒い。冷たい。きっとこのまま、彼女を眺めながら、僕も凍死する。
茅野を受容した冬はすぐに変容する。マクスウェルの悪魔はお望み通り窓を開閉し、ニンゲンの非効率な仕事を圧倒的に上回る速度で熱を消失させるでしょう。僕の予想では、真っ先に赤道付近に氷雪地帯をつくる。氷雪の白によって反射率が向上し、太陽熱は反射され熱収支が崩れ、アイスアルベドフィードバックは暴走してすぐに閾値を突き破るでしょうね;温室効果ガスの雲なんて、メじゃない。地球の反射率は0.72程度まで跳ね上がる。熱収支が反転したまま地球は保冷され、一気に厳冬の氷河期へ突入する。反射率0.3を懐かしむでしょう……いや、それは人間が生き延びることができればの話でしょうか
男の反応はない、もう表面が白く変色し氷像と化していた。僕は言うことを聞かなくなりかけている体に鞭打って、彼女を取り返す。男がそうしていたように、今度は僕が彼女を抱きしめる。
茅野、ニンゲン達が君のもたらす奇蹟を求めてる。さあ、おゆき;もう、君を止める者はいない……僕にも、それができなくなった。もう君に会うことは出来ないだろうが、それを悲観するつもりは、ないよ。
そしてガラス容器を地面に落として、砕き割った。生物の臓器であれば当然凍りついている気温の中でそれは、砕けたガラスの中から生々しいやわらかさを保ったまま現れ、床に広がる。こころなしか、とくんと脈打っているように見えた―これは、僕の希望か思い込みか、だろう。
さあ、スノーボールアースの再来だ。茅野、君の、世界だ
あたい、リグルの子供をうみたい
ぽつり、と彼女が漏らした。
おかしいな、こんなこと実際にお前に言ったことないはずなんだけど
うん。でも、聞いた気がする。言われて初めて、思い出したかも知れない。今のチルノが、どうしてこんなにも愛おしくて、手足のなくなった彼女にこんなにも欲情するのかも。
仮に今すぐに妊娠したとしても、間に合わない、だろう。だが実際に子供を作るかどうかという話ではない、彼女がそう望んでいるという事実が、いじらしく思えた。
仮に八意先生が蓬莱の秘薬のような禁忌じみたものをくださるとか、何か魔法のような出来事でも起こらない限りは、彼女の融失は免れないだろう。再発生する妖精であっても、何もかも都合よくリスポーン後に再開なんてことにはならない。それに、永続だと思われていた妖精の再発生も、この酷暑に関連する変化によって、継続が危ぶまれているのだから。きっと、ボク等は、手遅れだ。
続きたいんだ、終わりたくない。だから、うみたいのかな
ボク等はまだ、まだ……
チルノの科白は、なんだか体を切り裂いてくる。そうだ、彼女は終わりを感じているのだ。死ではなくて、終わりを。
そんなものを真正面から見るべきじゃない、そう言ってやる代わりにボクは、彼女のまだ残っている方の耳を唇ではさみ、そのまま首筋に沿って口づけを降らせていく。やわらかく膨らんだ鎖骨のラインを舌でなぞりながら、彼女の言葉が切り裂いたボクの傷口を眺める。
この酷暑による永続幻想の打破は、チルノだけじゃない、ボクにとっても同じだ。ニンゲン達の認識から〝蟲〟が細分化され解明され、ボクの支配領域は切削され続けている。それに加えて、昨今気候の変化によっても虫はその種を激減させている。ボクも、いずれはいっこの妖怪として存在できなくなる日が来るだろう。〝あっち〟で殺されて〝こっち〟にやってきたボク等妖怪は、究極的には皆、幻想郷のニンゲンによって同じように再殺される宿命なのだから。博麗の巫女はそれを先延ばしにするシステムだが、それを阻止するシステムとしては恐らく、不足だ。
チルノは人魔の関わりにおける激変の影響を、他より幾らか早く受けただけなのだ。仕合せも不幸も、刻一刻消え失せていくだろう。幻想郷とは、二度目の死を待つ残酷な世界なのだから。
チルノは、その宿命をいち早く知り、そして、いち早く諦めたって、言うのだろうか。
でもさ!
チルノはいきなり明るい声を跳ね上げた。
そんなこたどーでもいーんだよ
どういうこと?覆いかぶさって、耳の裏の髪の生え際あたりをキスで渡りながら訊く;でも答えを求め訊いたわけじゃない、ただ、徒にでも言葉を投げあっていないと不安の暗闇に飲み込まれて沈んでしまいそうで怖かったから。
……ただヤりたいんだ、悪いか?
そう、だね。いいんじゃないかな
打ち勝てない不安と戦って死ぬくらいなら、いっときくらい、刹那の享楽に浮かんでいたって良いだろう。特に、彼女には。この期に及んで「戦え」なんて言えない。
ボクが、いいんじゃないか、と曖昧な肯定をしたところで彼女は、幾許か表情を楽にして、二の腕までしか無いそれを伸ばしてボクを求めてきた。
お前に
ボクが体を寄せ、短い腕でも届くようにしてあげると彼女は、指も手もない腕でボクにしがみついた。
骨の髄まで染め抜かれた女を、見せてやるよ
くんっ、と喉を反らせて顎を上げて、チルノはボクの口に吸い付いてきた。熱い、彼女の肌とは思えないほど。首を降ろして彼女の唇を受け止めるようにすると、舌が入り込んでくる。右へ左へ動き回りボクの舌の先を探し当てると、遡るように舌の中程まで撫で上げて、追いかけるように唇同士が出会う。
ちゅ、くちゅ、んっ。ふ、んっ、ふぁ……
どちらのものともわからず混じり合う吐息と声の混合物が、口と鼻から漏れ出している。ボクの口に吸い付いてくる、チルノの口。舌をそのまま吸い抜いて飲み込もうとしてるみたい。ボクもチルノのの口の中で舌を動かして彼女の舌を撫でる。
すごくなめらかな表面は舌というよりも柔らかで決めの細かい布地のようで、舌で撫でているだけで気持ちいい。表面が平滑だからか唾液が表面に溢れてきて、あっという間に口の中で二人の唾液が遊び始めた。
はっ、ん……ちゅっ、れろっ
ふーっ、っちゅ、ちゅぱ、はあっ、はあっ
まるで世界から言葉が失われたみたいに、何も言わずただ吐息と口づけだけで要求と、応答を、やり取りする。視線も、見つめ合って混じったと思えば、急に恥ずかしくなって逸れたり、それを追いかけて捕まえたり。
好き……リグル、好き……
チー、かわいいよ
好き。チルノからそんな言葉が飛んでくるなんて、驚きだったしそれと同時に、それに応えてあげたくなる。
脱がすね
四肢が失われた彼女から服を脱がすのは、それに淫らさを感じるくらいに簡単だった。現れた彼女の裸体は、ところどころに火傷の痕のような痣が浮いていたが、それは彼女の雪のような肌の白さを逆に際立てている。そうして裸になった彼女を全体として見ると、欠損した腕や太ももの断面に張った柔らかな薄皮は生々しくもまるで粘膜のようで、煽情的。
かわいい……いや、きれいだ、チー
うそだ
ほんとだよ
ばか。ぷいと顔を背けるしか無いダルマが、でもそうやって照れて頬を膨らませているのは、たまらなく可愛らしい。手も足もないことで、その姿は完全な姿に補完されて見える。今の彼女は身を捩るしか出来ないダルマ、だがトルソーのような完璧さを有している。
薄い胸の間に口づけて、キスマークを刻むみたいに強く吸うと「いたいって、ばか」と甘ったるい声が降って来た、身を捩ったりして逃げる素振りも見せない。
存在しない完璧な手足でジタバタともがくように、ボクに抱きついてくる。もっと体にキス愛撫しろって、言っていた。
リグルのキスのしかた、なんか、えっち
えっちなことしてるんだもん
このスケベ虫ぃ
そんな悪い言葉を言う口には、こうだよ
そういって指で唇をつんとつついてみせると、チルノはすぐに意図を解して口を開き、下を伸ばしてボクの指を迎え撃った。すぐに中に入れずに、舌を伸ばしてボクの指をなめるチルノの表情を楽しむ。
……かわい
ふぉのへぅはい!
首を上げて、ぱくり、とボクの指を咥えこんだ。ボクは素直に食べられて、チルノに指フェラをさせる。彼女のなめらかな舌が人差し指を上ったり下りたり、指の関節のシワをこそいだり、爪の間をほじったり。唾液ででろでろになる口の中をボクは指を動かして責める。柔らかい舌を押し込んだり、ふっくらとした歯茎をなぞり丸みを帯びた歯を撫でる。
彼女に指フェラをさせながら、同時にボクはチルノのダルマ身体の、白い肌に絶え間なくキスマークを刻みつけていく。
ふーっ、ふぐっ、っふぁ……ちゅっ、ん、じゅるっ
ほえ、ふよいっへぁ
じゃあ、ボクの指も、痛く噛んで
やめない代わりに、同じくらい強くしろって言うと、彼女はボクの指に歯を立てて噛み付いてきた。でも、小さい彼女の顎の力は可愛らしいほどに弱くて、指から感じるのは痛みというよりもチルノの存在の実感だった。
もっと強くしていいよ。ボクを、噛みちぎって、食べてよ
れひうぁ、ばはっ
でも、精一杯ボクの指を噛んでくれるチルノ。可愛らしい。それに、指から感じる刺激が、まるでペニスに電流を通すみたいに興奮する。指を抜いてあげると、でろり、と唾液の糸が指から伸びる。ボクはそれを自分の口に含んでみせると、チルノは恥ずかしそうに顔をそむけた。
……あ、あは、ほんとに、セックス、するんだ、リグルと……
こわい?
こわくねーよ!あーん、今のあたい、リグルにレイプされても手も足もでないよー♪され放題だ、ヤられ放題だぁっ♪発情淫獣と化したリグルが、あたいの無防備まんこをロックオンしたぁっっ♪
……もうっ。しようって言ったの、チーじゃないか
こわいのかあ?
こわくないよ
うそだ、少しだけ怖い。チルノがこれで最後、バラになっちゃうんじゃないかって。でもチルノはその図星をぴたりと言い当ててくる。
あたいをバラバラにするつもりで、セックスしてよ。あたいは、こわくないよ
わかったよ
チルノの上に被さるように四つん這いになり、彼女の二の腕と太ももを開かせる。自分の体を守ることも覆うことも出来ないダルマの身体、まるでボクの前に全てを晒け出して差し出しているような、歪んだ征服感が湧き上がる。このカラダは抵抗できない、このカラダを今から好きに使える、このカラダはボクのものだ。
渦を巻く言葉を得た獣欲、下半身がむくとその期待に膨らんでいく。
チー、ほんとに、ばらばらに、しちゃうかも
あー、これ、ヤられちゃうだろ、めちゃくちゃセックスされちゃうやつだ。まんこ守れないトルソーオナホになったあたい、淫虫リグルの性欲の捌け口になって、明日の朝まで抜かずの膣内射精し放題、されちゃうやつだ……
そういうこと言ったら、ほんとに、するからね……!
もう一回、キス;でもさっきと違う、まるで獣が獲物の肉に食らいついて噛みちぎるときみたいに、上から貪って、吸い付いて、口を口で犯すような。キスっていうより、口レイプ。
ぶちゅっ、くちゅ、くちゃっ、にちっ……
もっと、舌出して
ん……
もっと!
強くいうと、光を失いかけている彼女の目がトロンと潤み、そして口を大きく開けて舌を思い切りボクの口の方へ突き出してきた。つんと立った舌を唇で食べ、歯を立てて、そして思い切り吸い上げる。
じゅるっ、じゅる、じゅるるるるっ、ちゅぱっ!あむ……、はむっじゅるっっ!
ふーっ、ふーーーっ❤はふっ、はぁあっっ❤ふうっ、うっ❤
左腕で体重を支えながら、右手をチルノの平らな胸の上で慎ましく膨らむ乳輪に添える。そして、乳首を強く摘んだ。
んあっっっ!!
痛かった?
こくん、唾液で唇の周りをべちょべちょにした顔のまま頷くチルノ。だが、ふるふると震えながらか細い声で言う。
……今ので、スイッチ、入った……っ❤
短い腕と、それに頬をボクの腕に添えるようにして、ボクを見上げるチルノ。太腿までしか無い短い足を180度に大きく広げ、中心で艶めいた溝目をボクに差し出すみたいにしている。指を被せるとスジの隙間から湿った感触が染み出しているのがわかった。そのまま指で割れ目にそって前後に撫でると、あっという間に淫唇の両岸を潤すほどの愛液の洪水。指を離しても糸をひくほどの粘度ではない、さらさらした水気。スイッチが入った、というのは本当らしい。こんな小さくて、幼いカラダに子作りの意志が備わっているのが、堪らなく劣情を誘う。
ほんとだ、濡れてる
今、すっごい、疼いてんだよね、信じらんないくらい……❤
どこが?
今自分で触っているというのに、あえて問う;その言葉がチルノの口から出てくるのを聞きたくて。それを口にする彼女の顔を見ていたくて。彼女にそれを言わせるボクと言う彼女の関係性を、はっきりと発露したくて。
あそこ
どこ?
ま、まんこ……
そうだね
恥ずかしそうに、病で熱のある顔が更に発熱して真っ赤。目を合わせてくれない、いじけたみたいに唇をツンと立てて、顔を背けた。「こっちみて」ボクが言うと恐るとボクの方を見た、まっすぐに彼女の目の中を覗き込むと驚いたみたいに目を見開いて、白く濁りかけている瞳がこころなしか透明度を取り戻したように見える。
また、唇を重ねた。今度は優しく、唇の柔らかさをお互いに味わうみたいに。でも、その代わりに右手の指で彼女の濡れ溝を撫で、なぞり、押し込むように指を挿し入れる。
ふぁ、あ、あっ……❤
すっごい、べちょべちょ。それに、ぎちぎちに、噛み付いてきてる
そ、そんなこと、いうなよお
さっき歯で噛まれたときと同じくらい何じゃないかって思うくらい、ボクの指を挟み込む膣圧は強くって、この中に入ったらきっとそんなに持たないだろうなって思わされる。そして、それを想像して、下半身に血が集まって熱くなるのを感じる。
動かすね
そう言って、狭くて、きつく締めつけてくるチルノの
まっ……ふ、ぁああああっっ!?ゆ、指っ?これ指っ!?
痛くない?
震えるように首を振る。チルノってあっちこっち跳ね回るみたいに動いてるから、もう膜がないのかも。それにしたって、この反応は……。
も、っと……
出来上がってる。
ぞくと、淫らに嗜虐の色を垂らした欲望が、揺れる。もっとと、言うのなら。
ボクは体位をずらして、180度全力開脚されたチルノの太腿の上に膝を乗せて固定する。ここからだと、完璧な、それに、性欲に色付いて悶える、チルノのダルマ姿を眺められた。膝で押さえつけて開脚を強制するボクのペニスもギンに勃起している、けどそれをするのは、もっと後だ。
短肢と化したチルノの股の間は、幼気の強い見た目に反して強烈にメスの匂いを立せていた。濡れている。溶けたクレバスに指を挿入すると、べっとり濡れているのに膣道はやはり苛烈なまでに締め付けてくる。ボクは更にその奥へと、入り込んでいった。
ふ、あ、あ、来てる……奥、まで……っ
手が残っていたなら、きっと顔を覆っていただろうが、今の彼女にはそれも出来ない。膣を進み、埋めた奥で指をゆっくりと曲げる。指の腹が、少し感触の違う箇所を探り当てた。
〜〜〜〜っ!?
びくっと腰が跳ね、反射的に股を閉じようとしたチルノ。でもボクの膝はそれを阻害している。背が反り、開かれた股は淫液を増量する。それに何より。
がんばってね
ふェ……?
割れ目の上でつんっと勃った肉芽を、もう片方の手の指の腹で押し込んだ。
んいぃぃっっっっ!!❤そこ、それっっっっ❤
いい反応♪チー、クリオナ癖あるでしょ。これ、きっとそうだと思って。強くしても、イけるよね?
クリオナ癖って、そんなヘンタイみたいな言いか……んホォおおっっっっ❤❤❤強っ、い❤自分でするより、スゴいぃっ❤
チルノってエッチだったんだね♪
おっ、お前に言われたく……ふぎゅゆぅっっっ❤んヲぉをおっっ❤❤それダメ、裏側からするの、おっほぉっっっっん❤こんらの、はじ、めっっ……ほぎぃぃぃっ❤❤❤
チルノのクリをいじりながら、膣の中に入れた指でその根本を裏側から押し上げるように刺激すると、白い喉、薄い胸、形の良いへそをボクに見せつけるみたいに体中を仰け反らせ、スゴい声を上げて目をヨらせた。
はーーーーっ❤はーーーーーっ❤お、おま、え、こんなの……
もっとって、言ったじゃん。だから、もっと、してあげる
ま、まって、一回イッたから、ちょっ
だーめ❤
くりっ、くりくりくり、こりっ!
ぐぐっ、くちゅくちゅっっ、ぬらああっ、くちゅっっ!
〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ❤❤❤ヲっっっ❤イッて……ん、ぎ、うッッン❤っ❤っ❤っっっ❤〜〜〜〜っっっっ❤❤❤イッ❤❤いっへ……んヲぉおっっっ❤❤❤❤
指先に感じるクリトリスの勃起は信じられないくらいに固く、この固さは逆に潰したときには刺激になって跳ね返る。クリトリス挟み責めを続けてあげると、チルノの声が消えて、代わりに潰れたみたいな息が吹き出した。反り返ったカラダのまま吹き出したのは、アクメ吐息だけじゃない、下の口からは本気汁が噴き出したし、口からは泡を吹いていた。
りっ、りぐ、る……お前、て、手加減し……ふぎゅぅうっっっ、ば、バカぁっっ❤❤❤
気持ちよさそうだね?
否定するかと思ったら、ヨり目に口が半開きのキマった顔で、小さく頷いた。反発されたら燃えるかな、と思ったけど、その反応には反撃を食らったような思いだった。エロすぎ、る。触らないようにしてたペニスがじんじん熱を持って今にも破裂しそう。今すぐにでも、チルノのまんこに突っ込みたい。彼女はそれを望んでる我慢する必要なんてない、その事実が余計にボクの抑制を殺してくる。
もう、入れていい?
情けないことを聞いてしまった。でもチルノはもっと、だった。
いいっ、いれていいっ❤はやく、はやくセックスっ❤いまので準備、できちゃったからあっ❤
準備?子作りの?
そうっ❤そうっ、子作りの準備❤受精モード、キてるのっ❤リグルをカンペキにオス認定っ❤子宮降りてきておクチもあいちゃってる❤❤❤今のあたいのまんこ、あたいのタマゴ、リグルのちんぽで射程圏内だぁっ❤❤❤どうしよ♪どうしよおっ♪今膣内射精されたら、絶対孕んじゃうぅっ❤受精確率120%ふりきれちゃってるよぉっ❤
ああもう、スケベすぎて、我慢無理っっ!
にゅるっっっん!
んおっ❤❤❤イッキに、きひゃ……❤❤❤
ヌルヌルだったから簡単にはいっっ、た、よ……でも、キツ、っ❤
はっ、はへっ、これ、リグルの、ちんぽ……ちんぽっ……❤
ふるふると彼女の体が震えているのが伝わってきた。もしかして、入れただけで……?
チルノの顔を覗き込んでいると、チルノは顔の血液を沸騰させたみたいに恥ずかしがった。
い、イッてねーしっ!さっきのヤツにくらべたら、こんなのっ。ちんぽ入れただけで軽く頭イきするとか、ねーしっ!❤
ふーん♪
じゃあ、とチルノの中に入った肉幹を、ぐりぐり回すように動かす。
は❤っは❤なに、そ、れ❤中、ナカ、かきまぜ……っ❤❤❤
チー、えっち才能ありすぎ……そんなロリ声でえっちな科白撒き散らすとか、我慢無理だよ、ちんぽに悪いよっ❤
射精したい、もう。充血して熱くなったペニスが、凶暴なほどの膣圧歓迎を受けて肉摩擦ですぐに果ててしまいそうだった。でも、我慢する気がもうなくなってる。ただもうちんぽをまんこでこすって、射精したい。ただ射精したい。この肉の中に射精したい。まんこの中に射精したい。今すぐ射精したい。チルノの中に射精したい。
腰が勝手に激しく動いて、手でちんぽをしごいてオナニーする時みたいな乱暴な速度で腰をふる。摩擦、ヌメリ、熱、えっちな音、喘ぎ声。かわいいダルマ。
ぱんっ、ぱんぱんっ、ぐちょっ、ぐちゅっぐちゅっぐっちゅ❤ぱんぱんぱんぱんっ❤
な、ば、ばか、ばかばかばか!そんな、をふッ❤そんなズボズボ乱暴にしたらっ、まんこ壊れっっ❤んぁぁっ!❤す、好き放題、しやがっ……をぉぉっっヲっっ❤
む、無理、我慢無理っ!チーのナカ、狭くて、ぎっちぎちに咥えこんできててっっ❤すっごくきもちいいのっっ❤
き、気持ちいのか?なあ、リグル、あたいのナカ、きもちいのか?射精そう?精子射精そう?
うんっ、これ、んんっ❤これ、すぐ、いっちゃい、そ……❤
やった……きもちーんだ、あたいの、ナカ……❤❤❤
チルノがガンギマったヨり目で、正気の怪しそうな薄ら笑みを浮かべながら、嬉しそうに言う。
膣内キツくて、すごっっ……❤締め付けられてっ、おちんちんが搾られてる、みたいっっ❤
搾ってる、リグルのちんちん搾ってるっ♪精子だせ、精子だせっ❤あたいのなかで、リグルの精子、いっぱいだせっっ!!!!❤❤
だ、射精すよ、チーの大好きな精液、膣内に射精すからねっ❤
きて、きてきてきてっ❤好き、リグル、好きっっ!膣内に、出してっ!全部、精子全部、あたいの中に出せっ!あたいの膣内で、イッてっっ!!クる、あたいも、気持ちいいのクるっ、リグルと本気の子作りセックスしてイくのっ、イくイくイくイくっっっ!❤❤❤
く、うっっっっっ❤
どぶっ❤ぶびゅっっ、びゅーーーっ❤ぐちゅんっ、びゅっびゅっっっっ❤
お……ほへ……ぁっっ❤しぼら、れ……❤
ふぁ、ああああっっ❤❤❤リグルの孕ませ虫、うじゃうじゃいっぱいぃぃ……あたいの中にたぁくさんいらっしゃぃしてるぅっ❤あたいん子宮で、びちびちはねてるぞっっ❤あたいのタマゴレイプするために、クダをさかのぼってる❤❤❤
チルノのスケベすぎるセリフが、視力が悪いせいでくっつくほど近づいた顔で、飛んでくる。イッてるチルノのカラダ、ちんちんが中に入ったままの膣が、まだまだ容赦しないとうねり上がって締め付けてくる。ボクを求めてくるチルノが愛おしすぎて一度射精したくらいじゃ収まってはいなかったけど、トルソーなチルノが二の腕より上お太腿より上だけで懸命にボクの体に抱きつこうとしながらえっちな言葉で煽ってくるなんて、堪ったもんじゃない;劣情の高まりが収まることなく荒れ狂い、勃起を維持したまままた腰を振ってしまう。
そんなの、えっちすぎる、チーが、こんなスケベだったなんて……!この、えっち女児っ!もっと、もっとチーとスケベするからねっ!!❤
あは♪リグルも本気になってるぅ……❤❤❤これはあたいが受精完了宣言までザー射マシンになっちゃうヤツだぁ、あたい妊娠可能な大型オナホにされちゃうやつだぁっっ……❤❤❤……❤❤❤
きゅううっっ❤
ボクを煽り立てるようなセリフを叫びながら、チルノ自身も興奮しているみたい。中のうねりと締め付けが、セリフの重なりとともに激しくなって、ボクを股の間に飲み込んでしまいそうなほど。狭チルノの膣は元々狭いのに、精液を搾り取って飲み込む動きが増々強くなって暴力的なくらいだ。精液どころかボクの性欲そのものがペニスの先から吸い出されるみたい。
う、ああっ❤
はっ、はっっ、はっ、んもぢぃっ❤❤❤もっと出せ、もっと膣内射精しろっっ❤❤❤リグルの孕ませ汁であたいのタマゴ溺死させてみろよっ❤❤❤
ぱちゅ、ぱちゅんっっ、きゅっ、きゅきゅぅっっっ❤
この、スケベロリっっ❤いっぱい出してあげる!お望み通り、朝まで全力種付してあげるからねっ!!❤ッッッ!また、射精すよ、悪いけどボク、雑魚妖怪だから精子の量だけは、すごいからねっ!
またナカにっ♪あたいのおなかの中にまた出てぇっ❤リグルの精虫、うじゃつきまくってるぅ……❤あたいの子宮のナカ、雑魚妖怪の大量ザーメンびちびち泳いでっっ❤あたいの卵子レイプする気だろ❤❤❤
うんっ、チーの卵子、ボクの精子が犯し殺すからね、受精どころじゃないかも❤精子の頭でチーのタマゴちゃん、ズタボロにイき死んじゃうかもっ❤
なにそれ……なにそれ、なにそれなにそれ……❤❤❤タマゴまでイかされちゃうの?あたい、カラダだけじゃなくて、卵子までイッちゃうのぉっ!?そんなの、そんなのぉっっ……❤❤❤
ぞくんっ!びくっ、びくびくっっ!
ありえない科白を口にしながら、自分で口にした科白の変質さで自己イきするチルノ。また、膣道がぐりぐりとうねり回る。
ふっ、あ、はっ❤スゴいよ、チーのイき膣、えっぐい……❤またイきそ……❤
絶頂中のチルノから返事はなかった。かくん、かくん、と四肢欠損のダルマボディが揺れて、ぶっ飛んでることを示している。そんなのを見せられたら、また我慢できなくなる……!❤
はーっっ❤はーっっ❤また射精すよ!我慢しないから、もうチーのことほんとにオナホみたいに扱って、身勝手に射精に使うから!ザー扱き穴にしちゃうからね!
ザー扱き……穴っ……❤❤っ❤
ぱんぱんっ❤ずぼっ、ぐちゅぐちゅぐちゅっ、ずぼっずぼっ❤ぱん、ぱんぱんぱんっ❤ぶっちゅ、じゅぼっ❤ぶちゅっ❤ぱんぱんぱんぱんっっっっ❤
さっきまで新品だったチルノの雌穴は、もう肉がめくり返って肉ビラが顔を出し、太腿のあたりまでマン汁でぐちょ濡れ、クリの包皮もズル剥けて、もはや使い倒して汚れたオナホの様相を見せている。
あんなに清らかだったチルノの女性器を、ただのオナニーティッシュみたいに使い倒している、めちゃくちゃ興奮する。また、ペニスの先端に欲情の塊が溜まって、膨らんでいく。
射精すよ、また、チーに種付けするよ!ちっちゃいチーのカラダにボテ腹予約、するよっ!はっ、はーっっ❤はあっっ❤っく、あ❤で、射精る、でるっ❤
びゅーっ❤びゅーーーっっ❤どぶっん❤びゅびゅっっ❤
す、すご、い、またこんなに、出て……お腹の中、たぷたぷぅっっ❤❤❤リグルにまけちゃった、虫けら雑魚妖怪、セックスだけむっちゃつよつよじゃん……❤❤❤
ま、まいったかぁ……
どさ、と、二人並んで、大小2つの大の字になって横たわった。
くらくらするくらいの絶頂余韻、疲労感。それと、達成感のような、充足。
チー、大丈夫?
はあっ、はあっ……は、あ?いまさら?
ごめん
ふふはへっ、って息が上がっているのに無理やり笑ったせいで変な感じになるチルノ。
これ以上体はどうにかならないっぽい、っていうか、これ以上崩れたら流石に死んじゃうから、生きてる内に取れるのはここまでなんじゃない?
そ、そんな冷静に……
無事、リグルとセックスする実績を解除♪
なにそれ
ははは、ふふっ、二人で笑ってしまう。なんだんだろう、深刻に命の危機に瀕している筈なのに、チルノはほんとに満足そうだし、そうならボクも、よかったような……わるかったような。
絶頂の余韻が賢者モードにスライドしていくにつれて、プレイ中のチルノの姿が落ち着いて浮かび上がってくる。彼女、まるで別人みたいに乱れていた。それに。
でも、チーがあんな好き好き言うの、ちょっと意外だったな
……は?好きなんてゆったっけえ?
え、は?
あ、あんなに好き好き連呼してたのに?でも、言ったでしょなんて認めさせるのもなんか都合が悪い気がしてしまう;それ以上追求するのをやめた。
でも子供をうみたい、ってのは、嘘じゃないよ;今更セックスしても……多分間に合わないんだけどさ。
好きじゃなくても、子供はほしいの?
いちいち細かいやつだなあ。セックスはしたいし子供は欲しいけど相手がダメ男で結婚は無理とかあるだろ
ダメ男ぉ……
いきなりそういう現実的な話する?
子供がほしいんじゃないんだよ、うみたいんだ
何が違うの?
……なんだろ?
ぇぇ
でもほら、ミスティア出し抜くわけにはいかないし、あたいのヤりたい欲は満たせるし、都合いいだろ?
返す言葉は、ボクの中にはなかった。うん、なんて、何のウンなのかわからない曖昧な返事をこすり付けるみたいにして、顔を見る勇気もなく彼女の背中に額を押し当てる。
とにかくあたいは本気じゃねーし、ただお前とヤりたかっただけ、浮気じゃない。ノーカンノーカン。これ以上、何もない。憎ったらしくて、可愛いこの野郎。痛いようで気持ちのいい、これでお別れ。
手足がなく身を捩るしか出来ない背中から、彼女のため息が伝わってきた。そんなふうにしているチルノがどうしようもなく愛おしくて、彼女を膝の上に乗せたまま、後ろから抱きしめてしまう。「ばーか、やめろよ、そういうの」なんて言いながら、彼女の肩の上に乗せた頭に、頭をこつんと傾けてきた。
ちゃんと王様になれば側室持てるんだっけ?
まあ
今でも似たような状態か、四則同盟はお前のためのハレムじゃないんだぞ。
う
あたいはヤれてよかったけどさ。それより早くミスティアなんとかしてやれよ、ヘタレ。それとも幽香が怖いのか?
えと
まあ、怖いわな
怖くは、ないよ。ただ複雑なだけ。
あーっそ
べ、と舌を出す仕草はもうすっかり元のチルノだ。手足がない以外は。
お前が散々に好き勝手にヤるから、疲れた。横になりたい
うん
チルノの身体をベッドに横たえた。「はー、たんのーしたたんのーした。あ、肉まだ残ってんじゃん!」なんてふざけて見せている。そんな彼女が、いじらしくて、余計に愛おしく思えてしまう。
昔さ、春が来ないこと、あったじゃん。太陽が盗まれてさ
これでほんとうにさいごかもしれない、そう思ったけれどそう思ったことそれ自体を悟られないようにボクは、横たえた彼女の視線の外で表情を心臓に譲った。間に合った。彼女はそんなボクの冷酷な顔を、見てしまっただろうか。見たとしてもでも、彼女はその憤りか、失望か、あるいは両方をきっとおくびにも出さないだろう。
春度が勝手に集められてたってやつ?チーは嬉しそうだったけど
白雪留めの権精霊の話が脳裏をよぎる。曰く、あの出来事にはボクらの知らない何かがまだ隠されているらしい。おそらくは八博の秘密になっているだろう、ボクらのような下っ端が知らされることではない。
あれってさ、罰だと思うんだ
罰?なんの?
〝あっち〟で、地球寒冷化説が失われたじゃない。そのまま平和になると思ったのに、ニンゲンは調子に乗って温室化させた。その罰としてその反動を食らいかけたし、〝こっち〟は寒くなった。ついでにこんな風に暑くなったし。
あの事件の黒幕は、紫太妃だったけど。
でも桜を咲かせるなんて、南極の氷を復活させるのと、おんなじだ。
なんで?どうやって?
しらないよ。でも、八雲紫は何かを企んでいて、地球寒冷化は幻想入りしたし、その煽りを受けた。
陰謀だっていうの?
ちがう、ただの罰。あたいはね、詳しいんだ。
……当事者だからね
ああ。あたいが太陽を盗んだんだ。あたいも知らない間に、そうさせられてた。
知らない間に?
チルノも、知らない間に。
それで今、チルノはこんな事になっているの?
そんな残酷な話があるだろうか。
レティに呼び出されて無何有に行くときって頭ん中ふわふわになってるから、そんときかも知れないし、あとは……
あとは?
チルノは、ボクから目をそらしてから、いう。呼吸が苦しいのだろうか、浅く早かったり逆に深く長かったり、安定していない。大量の汗を流す肌は彼女の症状の深刻さを示していた。今の彼女の体を襲う感覚が、苦しいか、痛いか、熱いか、吐き気か、何なのかはわからない:彼女はそれを一言も口にしないのだ。でも、それを押してまで長い長い言葉をボクにくれようとしている。遺言だなんてつもりなら……いやだよ;でも、そうなのかもしれなかった。
お前に、呼ばれる前
それって
知らないよ。それより前って、ほら、あたい、今よりももっとバカだったじゃん?
それはバカって言わないと思う
じゃあ何ていうんだよ
わからない。自我が芽生える前の、自他を区別する機能を何と呼ぶのだろう。思考やI/Fの機能を持たなくとも、自他を区別する機能があるのならばそれは自我なのではないだろうか。
今でもさ、たまに思い出すんだ。寝ぼけてるときとかが多いんだけど。ぐちゃぐちゃで形のない泥みたいな脳みそが、急に形になってって、気がついたら目の前に……リグルがいるんだ。最初はあたい、リグルのことをあたいだと思ってる。おかしいだろ。でもお前はあたいの思い通りにならなくて、お前はあたいとは関係なく勝手に動くんだ。そこでわかるんだ、ああこれはあたいじゃないものだって。今まではあたいは凡てで、凡てがあたいだったのに、急に小さくて不自由な何かになって、あたいじゃない何かが目の前にいた。そしてお前に呼ばれる、〝チルノ〟って。そんであたいは、世界とお前からこんな風に小さく切り取られて、不自由で小さな存在になった。そこで目が覚める、産まれ直したみたいな気分。あーまたバカな妖精になっちゃったなって、なる朝。ぐちゃぐちゃのどろどろの脳みそスープの方が、よっぽどバカなんだけどね。でもその頃のあたいはバカすぎて、あたいでさえないんだ。
60年毎の交代じゃない、もっと昔の、一番最初のことを言っているんだろう。
まるで体中の中身を全部吐き出すみたいに彼女は、一気にそれを言い切った。ボクの方を見もしない、それはボクに何かを言いたいのではなくて、ただ未分化で不定形に渦巻く知識の行き場がなくなってやむなく口から漏れ出したみたい。
チルノはバカなんかじゃない;それどころかそこいらの中級妖怪なんかよりよっぽどやわらかくて敏感、過敏なほどに純粋で、それに透明で張り詰めてて、無境界。彼女にないのはただ、意味と言語を繋ぐたった一本の紐だけなんだ。
バカだけど、でもその頃のあたいって、さいきょーだったと思う。覚えてないけど
……最強か
妖精として自我を持ち歩き始める前彼女は、〝チルノ〟という名前さえ与えられていない、姿の輪郭さえ朧げな代わりに不可侵の、存在でさえないかも知れない、記号を得ない概念のようなものかも知れないもの、彼女の言葉を借りるのなら〝さいきょー〟だった。そしてボクが、そうではなくした。それでも、チルノは今でも〝さいきょー〟だ;それを知っているボクには、こうして体を失いかけている彼女が、誰よりも彼女に真らしいように思えてしまう。そんなんじゃ、いけないのに。ボクは彼女を失いたいわけではないのだけれど、こうして欠損していく彼女は、美しい。だからさっきだって、あんなふうに。
ボクが、〝サイキョー〟を阻止しちゃったのかな
あは。そうかも
一気にどろの脳みそスープの溢れ出しを吐いたせいでくたびれてしまったたようなチルノは、苦いような辛いような、でも甘酸っぱいような表情で笑う。どこか満足そうにボクを見ているけれど、ボクはそんな心持ちにはなれない。
……あのときボクは、チーに話しかけないほうが、よかったのかな
はぁ?
あの日、チーは言ったんだ〝あたいからあたい以外の全てを奪った〟って。その上ボクは、こうしてチー自身まで奪おうとしてる。
両手両足が失われ、今やほっそりとした胴体と頭だけになったチルノ。左の耳朶も無いし、右目も上手く見えていないらしい。そんな美しくも痛々しい姿にしたのは、他でもないこのボクだ。ボクが、あの時チルノを、彼女を呼ばなければ彼女は60年で代謝する無限の存在で、こんな風に有限の不自由な体に縛られずに済んだのに。ボクの独善が、彼女に死を約束したのだ。
ボクが、彼女を殺したようなものだ;バラに解剖された彼女を見て憤っていたはずなのに、ボクが今しているのは何だ、同じことじゃないか。
なあ。あたい以外のすべてのものが世界から消え去ったら、何が残る?
消え去ったりしたら、何も残らないじゃないか。それじゃあ、寂しいよ
リグルはこれだからだめなんだよなー、と目をつむりため息を吐き流すように言うチルノ。そして、もうほとんど視力のない白濁した目で視線を、それでもたしかにボクの方に向けて、笑う。ああ、いつもの、チルノの顔だ。
息苦しそうに呼吸が乱れている、手足を含んだ抹消の多くを失い放熱面積が縮小している。汗が流れ出していた;いや、水になって流れ出しているのは、チルノ自身かも知れない。
〝君が残る〟って言えよ、カッコつけるのが下手なやつだな。あたいが残るだろ。この世からあたい以外のものを全部なくしたら、それはあたいなんだよ。それが、あの時、お前に呼んでもらって、起こった全てだ
チー
だから、あたいは、お前に、生んでもらったんだよ―って、男に言う言葉じゃないな
どうせボクはメス男子ですよぉだ
ふふ:チルノは小さく笑う。
じゃあ、また湖の上に君を見かけたら、君のことを呼んでもいい?
そんなこと聞くなよ。いいに、決まってるだろ。この甲斐性なし。
だめと言われても、きっと呼んでしまうだろう。名前を持たず、凡てでありながら何者でもないまま湖の上で漂う彼女の塊はとても、寂しそうだから。今度もきっと、そんなだろう。
次は、この脚も、もうちょっと上手に作れたらいいな
そう?このままで、いいじゃん
この下手くそな氷がかあ?
こっちの方が、チーらしいよ。ボクと同じじゃ、つまらない;ちがうからいいんじゃないか
……そだね
頭と胴体だけになった身体に、遠隔で接続される六つの氷晶。昆虫を模したという姿がより完全へと欠損している。美しい:いや、溶けて絶えかけているというのに、その不完全な身体が
神々しくさえある。ボクは彼女を抱き溶けてゆこうとする薄い身体に巻き付いて、それでもひんやりとした体温を残す背中に腕を回した。肩から少しまでしかない腕で、チルノはボクにつかまろうとする;抱き寄せてくれているのかも知れない、代わりにボクの方からそうしてあげる。彼女の足りない長さを代わりに満たそうと細りゆく彼女の身体を強く抱きしめると、耳元に吐息混じりの声が溢れ出して流れ込んでくる。
あたいはさ、またお前に、あたいを切り取ってほしい:
あたいをちがうものにしてほしい:
あたいをつくってほしい:
あたいをあたいにしてほしい;
そして、あたいを、また、生んで欲しい。
リグルにしてもらえるなら、
こんな風に死んで消えてしまったとしても、それも含めてきっと、幸せだから。
あたい、また、幸せになりたいよ。
ちがうということ。チルノはそれを、いいねと、言った。彼女は何もかもから別であることを、自分自身だと言ったんだ。恐らく、自分自身からさえ自分は、別のものだとも思っている。
うん。なんて、本当にボクのほうがバカなんじゃないかって気の利かない答えしかできない、こんなときに唇でごまかすのは、きっとずるいやり方だけど、キス以上の言葉が、ボクの中にはもうなかった。柔らかい唇、と、唇。いっそ本当に、ボクも彼女も溶けてしまって、ここから一つにつながってしまえるのなら。
違うことが存在の本質だなんて、そんな残酷を否定できればいいのに。溶けてしまえば、混じり合ってしまえば。意味を表現できないバカな〝言葉〟なんて、何の役にも立たないっていうのに。溶けてしまいたい、溶けてくっついて欲しい、まるで絶望を無視して小さな願いに縋るみたいに、欠損身体となった彼女を抱きながら唇と舌と吐息と気持ちを交える。でも、やっぱり僕らは別々だった。名残惜しく離れる唇は、ひとかけらだって混じり合っていない。こんな残酷、あるか。
離れた唇の間から、深く長く、吐き出される息。そしてうっすらとしか開かない瞼と、たった今まで狂おしいほどの熱情で交わっていた唇が、消え入るような声を、最期。
あたいが消えても、きっとまた、あたいを見つけてくれよ。責任重大だぞ。
言葉には何の意味もない、意味を象るための道具が言葉なのになんて無意味なんだろう。絶対に、絶対にそうするなんて、言葉にしても足りないくらいに絶対に。そう思っているのに、言葉はこんなにも、軽薄だった。
うん、絶対に。
彼女の体温が、冷たさを失った。
こんなふうに空に雲ひとつない光景、記録映像でしか見たことがない。地球の平均気温が急激に低下して、濃密な水蒸気の雲が一斉に降雨して消え去った。雨は今でも激しいが、時折覗く晴れ間にはこうして雲のない空が現れることもある。
僕に生き延びて、どうしろっていうんだ
彼女を解放し冬へ受容させた。彼女から溢れ出る冷気によって僕は凍死しサイレント・ワールドを見届けることは出来ないと思っていたのに。彼女はやはり神妖だったんだ、それを痛感する。
年中雲に覆い尽くされた曇りっぱなしの常夏だった世界は、突如として冬へ遷移した。日本では60年振りの降雪だという。丸裸になって久しい峰々が、白いドレスをまとうのを僕はこの目で初めて見た。
責任を取れって、そういうことなのかい?
ガラス封入されていたはずの彼女の臓器は、古今の地下核施設から消え去っていた。そのとおりの形に空洞を残した奇怪なガラスの塊だけが、停止した熱核炉の下に転がっていたのだ。それ自体は、僕の想定通りだ;女神は冬に至り、冬を目覚めさせた。こうして。
60年前は平均的な気温とされるこの温度でも、今の僕にとっては肌寒いと感じる。業務的な理由で冷蔵庫にでも入る人間を除いては防寒着だけではなく長袖の服になんてものには一生お目にかかるものではなかったが、今だけは、通販で購入しようかと思ってしまうほどだ。同じように考えている人間は僕だけではないらしい、通販サイトのどこを覗いても防寒具や長袖の衣類は売り切れていた。今は仕方なくバスタオルを羽織っている。
〝古今〟は施設全域が凍り付き、突然外に放り出されたようにその域外へ飛ばされた僕は彷徨うように道を歩いた。慣れた道、慣れた行動、そのまま放心したみたいに歩いていると、足は自然と自宅に向く。当然かも知れないが、こんなときに自宅に帰ってリラックスというわけにも行かない筈なのに。何年もやめていたタバコを買い、条例違反になるのも気にせずその場路上で口に食んで火を付けた。無用な清涼感が口いっぱいに広がる、メンソールタイプだった。以前吸っていた頃の決まりの銘柄だったが生まれて初めて外気に肌寒ささえ感じる今となっては、清涼感なんて欲しくもなかった。すぐに地面に放り踏み消した。
れい子も、茅野もいない自宅は死んだように静かで、僕はソファに身を投げ出してインターネットニュースをディスプレイする。案の定、どのチャンネルも〝彼女の仕業〟で持ちきりだ。口の悪い強気な災害担当が、記者会見しているらしい。
国際宇宙ステーションから見た地球には赤道ならぬ白道が形成されているのが、目視できるほどだそうです。現在の状況は、言ってみれば〝逆スラッシュボールアース〟、赤道付近のみが帯のように氷床化している:物理的に全く説明がつかないこの現象によって現在、あらゆる海流が変化し、気流特に偏西風が変化し、地球規模の熱対流が狂いはじめています。
古い映画の見すぎだね、君はジャーナリズムを勉強し直すか、映画監督を目指す方がいい
どうせ彼らにこの状況のまともな説明なんか出来やしないのだ、だったらこれくらい強気な方がマシなのかも知れないな。どうでもいいことが頭の中をぐるぐるぐると回っている。音量を上げて響かせたまま僕は、二階に上がった。彼女が過ごしていた部屋は連れて行かれたあの日のまま担っている、彼女はもういない、窓は閉じたままだ。彼女の身体を包んでいたシーツを握りしめてもその体温は遠い。閉じた窓から晴れた、晴れているからこそ冷えていく青い空を見上げる;そこに彼女がいるのだろうか。
映画に登場し〝ありえない〟と笑い飛ばされた荒唐無稽なスーパー・フリーズ現象は、今現実になっています。温帯の内陸に突如ハリケーンが発生したり、上空の極低温大気が地表近くまで垂れ下がる現象が確認されています。
一時的なものだ。砂漠の真ん中に氷を置いたとして、それによって砂漠全体が凍りつくかということだよ。スーパーコンピュータ〝オモイカネ〟が、白帯形成の影響とその解消までのロードマップ、日本へのミクロ影響を計算中だ、政府はすぐに対応を発表する。
ニュースの記者会見は続いている。滑稽だ。白帯、とは彼女が形成した氷床だろう。世界をまるごと冷やし尽くすつもりだ、その足がかりに保温効果の高い雲を晴らして地球の大気反射能を下げ、代わりに氷床によって地上反射能を上げようとしている。星としての反射能は変わらず、全体として熱収支は変わらないかも知れないが、大気圏内の温度は負のアルベドフィードバックに陥って更に下がっていくだろう。
1970年代に盛んだった地球寒冷化説についてはどう思われますか?地球温暖化は誤りで、寒冷化の未来が正しかったと示す特異日が訪れたのでは?
大昔に否定された説だ、今更引っ張り出して何の意味がある。君のご先祖様はコスモスでも見て育ったクチかね?〝悪霊が彷徨う闇の世界を照らす蝋燭の光〟なら、今もここにある。
今は赤道付近に留まっている氷床が、まもなく全球規模へ拡大するという声があります。それもオモイカネによって解明されるのでしょうか?
そもそもこのような現象は科学的に不適切で、現実的ではない。何らかの原因で発生したとしても、すぐに消失するだろう。〝オモイカネ〟もその結果を弾き出すことだろう。
今日、太陽黒点が全く見られない期間が50年目に突入し、歴史にない長い極小状態にあると言われています。太陽活動の未曾有の急減下とこの異常氷床発生は関係しているのでしょうか?
直接には関係はない;というのも、そもこの氷床発生が科学的に説明できるものではないからだ。気象関連のシミュレートは日本スパコンのお家芸だ、マスコミのから騒ぎが証明されることだろう
〝冬〟は太陽も奪い去った、もう春は来ない。やがて、温室効果大気の被服を失い地上反射能だけで0.72へ到達すると熱収支はマイナスへ転じる。そうなればもう氷河時代への突入は免れない。地球もそこそこ年老いており、何億年も前のように活発な火山活動は見込まれない。氷雪アルベドフィードバック。
国連は、日本政府が不明破壊活動主体の情報を隠蔽していると主張しており、この氷帯現象に際してその情報開示を求めているそうですが
日本国政府は国際社会に対して常に協力的な立場だ。
神妖の力を利用しようとした、その着眼点自体は正しかったのだろう。だがそう上手くいく訳がなかった。制御できない彼女の力を恐れ封印したのは人間の独善だ、弁解の余地などない。
僕はもう一度ソファに身体を投げ出して、もはや喜劇の位置場面でしかないニュース映像をぼんやりと眺める。
クライオジェニアンの再現と、脱出可能性の僅少。スノーボールアースの再来だ。地球は雪と氷に閉ざされ、恐らくニンゲン種は生存を継続できない。なにか別の生命が続くだろう。放射線さえ食らう虫達のような極限環境微生物、温度変化の緩やかな大深度地下に生存する大深度生命叢、彼等の一部にとっては氷雪地球なんて対岸の火事かも知れない。
いずれにせよ、遠くない未来に、ニンゲン種は滅ぶ。僕にはそれを見届けろということだろうか。それとも、消えてしまった彼女をもう一度見つけ出すことができれば―説得でも、できるのだろうか。今更説得だなんて、バカげた考えだ。
これは、彼女の望んだことだ。だが、その望みは一体、どういう感情からのものだろう。
僕への、怒り、だろうか。
この音には聞き覚えがあった。奥歯を苛烈に噛み締めたとき歯茎の内側から感じる音:曲げてはいけない方に関節を曲げたとき関節の継ぎ目から響く音:アキレス腱がはち切れたときの音を極小にして何百も重ねたような音:生肉で出来た布を引き裂いたときの音:触り心地の良い起毛の代わりに人間が生えた絨毯からそれを摘んで毟り取る音、それは断裂:破砕:絶叫:摩滅:圧搾される命と魂の破壊される声。入は小さく徐々に膨らみ、背後に迫って恐怖と嫌悪を噴き上げて、抜ける程に安堵ではなく絶望と消失に引き摺り込む、忌々しい音。冒涜が匂い立つ邪悪な音は、世界を矛盾なく説明する美しさを蹂躙して汚しながら空間そのものを引き裂くもの、絶叫と嗚咽と断末魔をミキサーにかけて撹拌したもの。空間にも命の緒が絡んでいるのだと否応なしに思い知らされる。
デートの待ち合わせには随分辛気臭い顔じゃなくって?
ボクは、60年に一度、彼女の交代に直面していた。でもここに来て彼女を待つのは初めてだったかも知れない。正確な履歴は、今のボク個体では辿れない。ここに来ないボクもいるはずだし、もしかしたら来ているボクもいるかも知れない。湖の畔、歩くなり飛ぶなりして到達できる限界範囲内で、最も湖の内側に入り込んだ半島部分;その先端は、最適な場所だ。
常夏だった世界は急に普通の気候に戻った。太陽がてっぺんに登っても石の上で目玉焼きが作れるようなことにはならなくなったし、夜には普通に寝られる。酸欠でぷかと死んでいった魚達が水槽の外での出来事を知っていたかどうかはわからないが、今では川にも湖にも元気な魚が姿を取り戻している。
白雪留めの権精霊がやれと仕事をしたのだというのが、世間の理解であった。だがそうではないことを知っているボクや、その姿を見ていたローリー、ルーミアは、そういう点では〝水槽の中でなお賢い魚〟だったのだろう。事情を知る八意先生は勿論知っているし、それにあと一人も、そうだった;こっちは、出来事を、発生させた方だ。
ええ、早く着き過ぎてしまったらしくって
だったらもっと楽しみそうな顔をしなくっちゃ
なら、あなたはそれができると?
吐き気さえ催す忌々しい音で引き裂かれた隙間の奥から生まれ出るように現れたのは、紫太妃だった。その音とは裏腹に、出で立ちは神々しく、見るものが美の概念を喪失するほど美しく、同時に汚らわしくて、胡散臭い。人間の女性の姿をしていること自体が冒涜的に思えるほど、邪悪だ。
この半島からであれば、おおよそ幻想郷のいきものが到達できる全ての湖上の何処に彼女が再発生してもそれを察知できるし、ここからならエンカウントできる。ここは申し送り事項の場所だ。できれば、ここは聖域であってほしい。たといそれが紫太妃であっても、侵入しないで欲しかった。ボクにも在非在の野を所有する力があれば、ここにそれを築くだろう。
随分と嫌われたものね
そうでもないですよ、あなたがこの世界をあいしているのと同じ程度には
上々ね。だったらこの場で壊してしまっても、〝いつかやると思っていました〟ってところかしら
実際にそうした人の言葉には重みがあります
皮肉を込めてそう申し上げると、紫太妃は幾つか小さく首を縦に振りながらボクを見る。首を縦に振っていてもそれは頷いているのとは違う、〝ああそうなの、おまえはしょせん〟と見下すようなそれだ。同時にそれ以外に答えを返さないのは、理解半分、言い返せない半分というところも含んでいるようでもあった。つまるところ、この人はいつもそうだ。明確な態度も明確な答えも見せない:だが人に対してはそれを強い、決して最良ではない結果を出したことを嘲笑う。
今はお互いに、遠い過去の話はやめにしない?それとも遥か未来の話かしら。私、これでもあなたには一目置いているのよ;私は善人だから、前支配者としてのあなた方の権利も保証する。
あなたがそう仰るのならそれは、善人の言葉なんでしょう。何なんですか?ボクは彼女をナンパしようとここで待っています;デートはそこからずっと先になるでしょう、もしかしたら永遠に出来ないかも。でもまさか、あなたも口説きに来たわけじゃないんですよね?
あながち間違いとは言えないわね、でも今度口説くのはチルノちゃんじゃあないわ;リグルくん、あなた。
はい?
ボク?本心の読めない人だ、どうせロクなことを言ってはこないだろうと思っていたが、こんなところでチルノの再発生をボクのところまで直接顔を出しに来たのだからロクなことではないと想像するよりも更に悪いことを言うのだろう。ボクは祈るように覚悟を決める。同時に、彼女については絶対に引き下がらないということも。
どうしてボクなのか、それを幾ら待っても言ってくれそうにはない沈黙だけが続いた。巨大な湖は、白い波を寄せ、引き、水平線に消える;その果ては見えない、この世界が結界で区切られた閉鎖系だということを疑わせるくらいに。
沈黙に耐えかねたボクは、根負けして口を開いた。きっとこうしてボクが言葉を発してしまうことも、この人はわかっていて、いやそうするまでただ待っていただけかもしれないけど。
いつか言っていましたよね、彼女の価値は何か、って
忘れたわ?
バカであること。その意味が彼女の価値だって
〝聞いている〟と言いたげな曖昧な頷き、それはもっと言葉を寄越せという、この方なりの挑発だ。だが、その挑発をしてくるというのは、一定以上〝効いている〟ことの証拠だ。そういう、人だから。何かを期待し、同時に、何かを恐れている。チルノのことは、恐らく、紫太妃にとっても予想外の素子を含んでいるのだ。
チルノは記録を真に失うことができる。忘却においてもエントロピーを拡大しない。それが彼女の能力、ノーコストで忘れる、バカだから。そして彼女は、文字通り揮発してしまった;彼女が今まで保持していた記録とその熱とともに。彼女はIdiotDaemon">マクスウェルの白痴な女神だ。
記憶においては、観測結果の記録にではなくその忘却にエネルギーを使用する。彼女の死は、その時点を以て彼女が観測してきた情報量相当の忘却であり、チルノちゃんが蓄積してきた知識という情報の整頓状態の散逸である。しかし彼女は忘却に際しても情報的顕熱を生じない。なるほどそれは理に適っているわね。
恐らくはもう知っていることだというのに、大袈裟に頷いて見せる紫太妃。あゝ、知っている、という表現は不適切なのかも知れない、〝知っている〟というよりは〝そうした〟という方が正しいだろうか。目元が笑っていない笑顔の口元を扇子で隠すせいでまるで笑顔に見えないお決まりの胡散臭い仕草、その底知れない目がボクを捉えたまま細まる。
ところで、情報潜熱は必ず散逸顕熱するという契約を踏み倒せる可能性を、忘れていなくって?
熱を踏み倒す?
あの頃の君ならわかっているはずよ、雲月君。チルノちゃんを、愛しているのなら
ボクのことは構いませんが、彼女のことをあなたは、そう呼ばないでください。二度と。
……それは失礼。で、回答は?
思い切りの憤りと非難を込めて行ったつもりだし、その意志も意図も伝わっているだろうが所詮はボクのような雑魚妖怪の言うことだ、意に介した様子もない。
記録潜熱した情報を忘却しない限りは、その有限時間内においては、踏み倒せる。
あとは?
それが可逆演算の場合、サイクルできる。付け加えるなら、理想的には窓を閉じることにエネルギーは必要ない。
合格。そして、私は同じ過ちは犯さないわ。チルノちゃんは60年ごとに再発生する妖精よ:私がそう再設計した……筈だったわ
何が〝同じ過ちは繰り返さない〟だろうか。いくつもの、いわば被害者をボクは知っていて、彼女達の苦悩を想像しては苦々しく感じる。あのハクレイの巫女さえもが、世界継ぎ接ぎ縫い目の守り人だというのに。
チルノの存在情報が可逆演算だったとしても、無賃金な窓の守り人だったとしても、彼女が外部から獲得した情報量は消滅によっては散逸されなければならない。彼女の場合は特別に、忘却によってもそのコストを踏み倒すことが出来る。だが散逸されるにしても、忘却されるにしても、いずれにしても、彼女が〝やり直し〟であることに変わりはない。情報的潜熱の拡散、顕熱、エントロピーと言い換えても良い、これは減少できないはずです。彼女が熱を回収できる点には、まだ隠れた矛盾がある。
忘れていない、としたら?
……なんですって?
私を含む幾人かの幻想郷を現世から切り離した者はその際、光と闇あるいは存在と非存在の対称性の破れを内包してしまった。
存じています。八博の隠す、箱。ルーミアもその〝しわ寄せ〟だ。
霊夢さんの例を口にするのは、避けた。
チルノちゃんに限った話ではないわ、氷雪属性の妖精たちは、幻想郷の熱的死を抑制するためのにいる。チルノちゃんを特筆する点があるならばそれは、窓開閉装置と特別な白痴性よ。
この幻想郷は、どこまでも歪だ;ここは理想郷なんかじゃない、人智を超えた善悪が人間の裏で手を結び残酷な支配構造を作っている、失敗した世界構築とその歪みを背負わされる生贄。そうした歪さの周囲に放射される毒性に、ボクらはいつも晒されている:こういう風に。
彼女には何重にもゲネントロピー実現実装を組み込んであるわ。情報を得る為に観測を必要としない自然世界の一部としての遍在性、単純熱に対抗する氷属性、消えても再生する可逆性、忘却によって情報熱を増加させない白痴性、それに、忘却そのものを回避する記憶の永続性よ。
永続?白痴性とやらと矛盾しています
引き抜いて埋めてあるのよ、もう触らないフローズンなデータとしてね。でも解放もしない、顕熱されては困るから。それは気の遠くなる時間を経て、つまり埋設した情報記号がこれを解釈しようとするあらゆる知性によっても解釈されなくなる未来に、情報的に失熱する。それまでは、歴代の彼女の記憶は全てBlobとしてアーカイブされ残っているわ。
気の遠くなる時間を経て、というのは情報の記録体系が全く異なる知的生命によってこの世界が再評価されたとき、ということだろうか。そんな時代が来るのだろうか。それを見越して地下深くに埋めて置くなんて、夢物語を真面目に受け取るようなロマンチシズムと同時に非現実的な例えを信じる呆れを感じてしまう。そうであればチルノの存在ははまるで、核廃棄物のようじゃないか。
あっちで何かが起こっているの。知ったことではないのだけど、対称性が崩れているせいで、こっちにその影響が出ているわ
あっちだのこっちだの、僕には興味がありません。そんなものは、賢者達の道楽だ。なら、春が来なかったあの異変は、カムフラージュだった
ご明察。さすが、この世界に長いこと継続している種なだけあるわね。
これを言い当てたのは、ボクじゃありません、チルノです。白雪留めの権精霊も言及していましたが、彼女は独自にあなたの疑いに辿り着いていた。ただのバカじゃない。彼女は、あなたの、ミスです。
……嬉しいミスだわ
残酷なミスです
ボクが言うと、紫太妃は、初めてボクの視線から目を逃した。そして、ふう、小さく息を吐く。
一目置いているというのは、本当のことよ。あなたがどうやって、あの氷の妖精に、あれ程に豊かな人格を植え付けたのかには、尽きない興味があるわ。元々そんな機能を持った存在ではない筈だった、ただの自然の一部:言い換えるのなら白痴の存在:だったはずなのに
植え付けた?もし種か苗があるとするのなら、それは彼女に元から備わっているものです。白痴の設計なり実装に、バグでもあったんじゃないですか?
バグねえ
ただ、もし、ボクが彼女に何かをしたとするのなら
ええ、興味があるわ
これだけは、ちょっとだけ、自負があった。本当にそうなのだとボクは、今は信じている。
〝呼んだ〟
ええ?
呼びかけただけです。その後もずっと、彼女の名前を呼び続けた。あなたが今は霊夢さんにそうするように。君はこの世界の一部だけど、この世界の中で唯一この世界の一部ではないものだ、〝きみのなまえは?〟って。
ロマンチストね?
現実主義です。彼女は実際に、世界を認識し、赤を赤と見、四角を四角と認識し、普遍的に妥当な解釈の下で言葉を操る。あなたの言う白痴は、完全には実装されていなかった。もう一度現れてもきっと、同じバグを含んでいるでしょう。あなたがそれをいつかのように解明しようとして、実際に解明し、修正しない限り。
だとすると私は、未だに解明できていないのね。いつかのように。
紫太妃は、改めてボクの方へ視線をよこした。初めて見る顔だったかもしれない、驚いたような、感心したような、そんな顔色がボクに向いているだなんて。
あなたが彼女を想定外に、閉鎖系へ変容させたのかしら。
知りません。それを解き明かすのは、あなたの仕事です。ああっと、でもその仕事は、もうしないで下さい?
赤子にとって、親が自と他の境界を認識する最初の存在だとすれば、名前は自と他の境界を認識する根源の言葉だわ。あなたは、もしかしたらそれを、したのかもしれない。そんなこと想定外だわ;わかってはいた筈なのに、私は作るときにきっと、考慮に入れなかったのね。
ああ、それって―バグですよね
……そうね
ふふふ、といつもなら不穏さと不気味さを感じさせる笑いを見せるばかりの紫太妃が、無邪気に本当に楽しそうに笑っている;博麗の巫女の前では、こういう顔をすることも、あるのだろうか。
あゝ、この失敗を、蓮子に教えてあげたいわ、きっと面白がる:笑ってくれるかしら
あなたに千の顔があっても、万のロマンスがあっても驚きませんけど、もう異変にするのはやめて下さい。
はい。ひらりと扇子を翻して再び顔の半分を隠すと、そこにいたのはすっかりいつもの紫太妃だった。細めた目はボクの中身を解剖して見透かすカミソリで、扇子の向こうからは不快なほどに甘ったるい音声がボクの名を象った。
雲月君、君が望むなら、茅野君の記憶を掘り出してもいい;そうね謂わば、同情の証として?
結構です。さっきも言いました、彼女の名前を、あなたは呼ばないでください
私にはその資格がないと
ええ。
独占欲、意外に強いのね?
あなたほどでは
まあ心外。でも、意外だわ;今まで随分仲が良かったじゃない。その記憶を、彼女がもう一度持っていた方がきっと、素敵な時間を再開でき―
彼女は、それを望まない。彼女は、もう一度生まれたいって、そう言ったんです。消えることも幸せだって言ったんだ。なら、それが彼女の意志なんです。
もう、同じチルノちゃんは現れないわよ
はい。
わかったわ、と言い置くように頷いて、紫太妃はさっきよりは幾らか静かに空間を裂き、去っていった。
ここは湖の畔、果知らずの有限湖のどこかにある半島の先;もうボクしかいない。そうだなあ、本当に、ここにボクの在非在の野を築けたら、どんなに彼女と近付けるだろう。ニンゲンが虫を恐れなくなっていく一方の今、それはきっともう叶わないことだけど。それも、彼女と同じ立場なのだろうなと思うと、少しは気分の晴れることだった。
同じ彼女は現れない、全く同じ記憶を刻む彼女も現れない。それは真に死、忘却、散逸、失熱、そして消滅だ。再発生する妖精でもきっと、次の彼女は別の彼女。でも彼女は〝存在とはちがうということだ〟って、言っていた。だから、それで良いんだ。
ほら、湖の果にきらり、氷の煌めきが見えた;きっと、彼女だ。ボクは嬉しくって堪らなく、すぐに飛び立った。過去に何度もあったこの儀式が、こんなにも嬉しいなんて、初めてのことだ。それは、きっとこの世界が今なお彼女でさえ回避不可能な熱死に向かっていて、彼女はきっとその中で綺麗に輝く宝石としてあり続けることが、わかったからだ。
だからボクはもう一度、彼女を熱の世界から、切り離す。いいやきっと、これからも何度でも、そうするだろう。
君が、世界の一部では、ないために。